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1980年代のEloyが、日本の声明と雅楽、そして電子音響を融合し、「打たれざる音=心の振動」をテーマに構築した大作『Anahata』が世界初の正式出版。天台、真言の僧侶による声明、篳篥、龍笛、笙の雅楽器、Michael Rantaのパーカッション、そしてEloy自身の電子音響がひとつの儀礼空間を形成する、比類なき音響作品。僧侶の声は音の柱として空間に響き、倍音がゆっくりと広がりながら電子音の持続と重なって巨大な音響の呼吸を生む。雅楽器は古代の響きを保ちながらも抽象的な音の色彩として扱われ、電子音の地層に溶け込むことで、伝統と現代が同じ平面で共存する独特の質感が生まれる。宗教音楽でも民族音楽でもない、音そのものが儀礼の役割を担う抽象的な音響儀礼として、Eloyの美学が深く結晶した重要作。
日本文化の「余韻」という概念を軸に、Jean-Claude Eloyが1980年に日本で制作した大作『Yo-In』が、ついに世界初の正式出版として4CDで登場。武満徹に招かれた滞在をきっかけに、響き、反響、心理的残響といった余韻の思想を深く掘り下げ、架空の儀礼のための音響劇として構築された作品。電子音の持続と反響がゆっくりと空間を形づくり、Michael Rantaのパーカッションが点描のように配置されることで、音は儀礼的な広がりを帯びていく。リズムや旋律ではなく、音の出来事が重なり、絡み、ほどける巨大な流れが中心にあり、長い時間軸の中で微細な変化が次々と現れる。Eloy自身が語るように、これは催眠的な音ではなく、意識の領域を拡張するための音響構造で、聴き手の感受性が徐々に研ぎ澄まされていく。シュトックハウゼンとの親和性を感じさせる長期的な構築美と、東アジアの響きの思想が交差する、Eloyの代表的な大作。
イタリアのサウンドアーティストAndrea Borghiによる、VHSテープと再生装置そのものを素材にした最新作『Palsecam』。磁気テープの揺れ、機構の摩耗、劣化といった旧メディアの物質的な痕跡を直接扱い、機械が記録を読み取る瞬間の振動や歪みをエレクトロアコースティックな音響として提示する。ここで響くのは懐古的なフィルムノイズではなく、機械の内部が自律的に動いているような触覚的な音。ざらついた低域のノイズ、金属的なクリック、磁気の揺れが層を成し、光と影のようなコントラストを生む耳で感じるキアロスクーロが特徴的。遠くでかすかに揺れる映像の残骸や声の断片が、機械ノイズと混ざり合い、記憶の残響と物質の現在性が同じ空間に存在するような独特の質感をつくり出す。VHSというしばしば軽視されるフォーマットに新たな価値を与え、音と物質の関係を探るBorghiの美学が鮮やかに表れた一枚。
Tarab名義で知られるEamon Sprodによる最新作『Foil Void Join Avoid』。都市の床、壁、天井、通路、家具、空調、紙、金属、埃といった日常の周縁にある物質を録音素材として扱い、環境そのものを音の共作者として提示する2枚組作品。自然の美しさを記録するフィールド録音とは対極にある、反自然主義的な都市音響の探求が貫かれている。ここで響く音は、場所の説明ではなく、場所が自ら発する振動そのもの。壁の反射、床の軋み、プラスチックの歪み、空調の低周波が層を成し、都市の内部構造が抽象的な音の圧力として立ち上がる。物質の触覚が強く、金属の擦過音や紙の微細な揺れが、まるで自律的に動いているように聴こえる。録音者が風景を描写するのではなく、環境が勝手に音を発し、聴き手の周囲に空間を形成していくような構造が特徴的。フィールド録音、ノイズ、サウンドアートの境界を横断しながら、都市の忘れられた場所や物質の存在感を音として浮かび上がらせる、現代都市音響。
フランスのサウンドアーティストThomas Tillyが、コロンビア・リオクラロ自然保護区で録音した 洞窟性鳥類グアチャロの巨大コロニーを記録した作品『Birds Measuring Space』。鳥類では極めて珍しい可聴域でのエコーロケーションを持つ種で、その鋭いクリック音や叫び声が洞窟の壁に反射し、空間そのものを測定するような音響現象が立ち上がる。本作は編集や加工を一切施さず、現場で起きている音の構造をそのまま提示する点が特徴。数千羽が渦を巻くように集まる場面では、金属的なノイズが層を成し、自然音の美しさと暴力性が同時に現れる。さらに各トラックの間には、録音の残留ノイズやエコーロケーション信号の断片をネガとして扱った分析パートが挿入され、生物音とデジタル処理の境界が揺らぐ独特の質感を生む。鳥=美しい歌というロマン主義的自然観を批評しながら、自然環境の複雑な物理現象を音として提示する、フィールド録音と音響芸術の交差点に位置する一枚。
エクアドルはイバラ出身のキチワ系コミュニティ出身のサウンドアーティスト、Mala Famaが、孤独や喪失を解放への道として捉えたコンセプト作『Jichushka』。キチワの儀礼音楽や北部エクアドルの先住民コミュニティの音文化を軸にしながら、電子音の実験性を大胆に取り込んだ独特の音世界が広がる。2016〜2022年のホームスタジオでの制作を通じて、アンデス地域の多様な音楽系譜、マリンバ、クンビア、バジェナート、アフロ・エクアドルの声が自然に混ざり合い、コミュニティの身体性と電子音の重層的な構造が共存する。リード曲「Mortaja II」に象徴されるように、儀礼的な循環構造や声の残響が、喪失の感情を静かに堪えながら新しい始まりを示す。穏やかなアンビエントと重いシーケンスが交互に現れ、過去の記憶と未来の可能性が同じ空間で響くような感覚を生む。キチワの文化的力と電子音の探求が交差する、現代エクアドル音楽の重要作。
2025年のノルウェー民族音楽全国大会、Landskappleikenで、国内最高のハーディングフェーレ奏者と評されたHelga Myhrが、自身の原点であるノルウェー南部ハリングダールの伝統曲だけを演奏した初のアルバム『Slåttespel』。幼少期から弾き続けてきた音楽を、3挺のハーディングフェーレで記録した作品で、伝統の核をそのまま提示するような強い存在感を放っている。共鳴弦が生む複層的な響き、弓の圧や指板の摩擦まで感じられる生々しい音像、そして舞曲特有の身体性のあるリズムが、山岳地帯の風景や踊りの記憶を立ち上げる。Myhrの演奏は、伝統を忠実に再現するだけでなく、どこか現代的で、ノルウェー伝統音楽の深い歴史と、現代的な感性が自然に交差する、現行の北欧フォークロアを代表する一枚。
カイロの実験音楽シーンを牽引するウード奏者、作曲家のAly Eissaによる最新ソロ作『Eggshells』。師であるAbdo DagherとHazem Shahinから受け継いだエジプト古典音楽の深い知識と、民俗音楽、宗教的唱和、モウリド文化の記憶が、彼自身の感性の中で再構築されており、アルバムの大半を占める長尺のタイトル曲では、ウードの微細な音程と即興が連続し、音が壊れそうで壊れない脆さの中で形を変え続ける。続く「Sukr At‑taganni」では、13世紀の詩人Baha’ al‑din Zuhayrの詩を朗読し、声とウードが同じ呼吸を共有するように響く。音楽は、固定された拍や構造から離れ、モチーフと即興が交互に現れながら、通常の時間感覚をゆっくりと外れていく。微分音、鋭い打弦、空気に溶けるような繊細なフレーズが重なり、本質的な伝統音楽の領域へ招き入れられていく。エジプト古典の厳密さと、個人的な探求の自由さが交差する、現代ウード音楽の重要作。
長年、架空の土地の音楽を探求してきたMike Cooper が、さらに鮮やかな第四世界的エキゾチカを描いた新作『Stochastic Parrot』。ラップスティールの揺ライダ気配、歪むフィールド録音、断片化されたサンプルが重なり、まるで半分夢、半分記憶の風景がそのまま音になったような質感。さらにPierre BastienとMark Cunninghamのブラスが加わることで、儀式めいた気配や遠い街の影が音の中に立ち上がり、Cooperの架空の地理がより立体的に広がっていく。手打楽器、ドラムマシン、環境音が互いに衝突し、複数の夢が同時に進行するような多層のリズムが生まれるのも特徴的。ゆらめく熱気、夜の儀式の前触れのような不穏さ、ジャズ・フュージョンの亡霊がふっと現れる瞬間など、Cooperの音響世界がカレイドスコープ的に展開する不思議と心地いい一枚。
Push For Nightによる、前作の重い暗さから一歩だけ外へ踏み出し、わずかな光を取り込んだ新作『That Porous Line』。その変化を決定づけたのが、長年の音の盟友David Daniellの参加。彼がもたらした有機的な美しさが、PFNの音をよりメロディックで自発的な方向へと再配置している。ギター、ベース、鍵盤、パーカッションを指で触れるリアルタイム演奏へ回帰したことで、加工の重さが少し軽くなり、音の中に柔らかい揺れや不完全な瞬間がそのまま息づく。とはいえ、PFNの核であるコラージュ的でちらつくエレクトロ・アコースティックの質感は健在で、薄暗い空間の中で幽霊のような音が動き、影が形を変えながら漂う独特の世界観が続いている。有機的な美しさとリアルタイム演奏の揺れを取り込みながら、独特の暗がりとコラージュ的質感を新たな角度で響かせた作品。
シドニーの美術館で長く共に働いてきたJ.WLSNとLiam Keenanが、2024年末に友人のスタジオで録音した初のコラボレーション作品『Country / The Country』。ふたりが育った西シドニー〜ニューサウスウェールズ州の平野、山影、郊外という広い地形の記憶を、ギター、モジュラー、サンプルの長尺レイヤーで静かに描き出す一枚。乾いた倍音、かすかに歪んだ気配、霧のようなパッドがゆっくりと重なり、風景の空気そのものが音になったような質感。テープループの揺れやフェリックなノイズが、過去の記憶を曖昧にしながら少しずつ形を変え、時間の外側で漂う場所のスコアを作り上げていく。広い空、湿った郊外、遠くの山影が、抽象的な音の層として静かに立ち上がる。〈Room40〉の風景的アンビエントの流れにありつつ、ふたりの個人的な地理的記憶が核になった、静かで広がりのある長尺作品。

Lawrence Englishによる、『Wilderness of Mirrors』『Cruel Optimism』へと続く三部作の最終章として位置づけられる『The Rest Is My Ghost』。Swans、The Necks、Mats Gustafsson、Chuck Johnsonら多数の演奏者が参加し、重層的な倍音、濁りを含んだテクスチャ、声の粒子がゆっくりと積み重なり、巨大な音の風景を形成していく。美しい層の中に微かな汚れが混ざり、過去の記憶が変質していくような質感が印象的。楽器の輪郭はあえて曖昧化され、リバーブや干渉音によって誰の音か分からないが確かにそこにある幽霊的な響きが生まれる。静けさから始まり、徐々に圧力を増し、地鳴りのような質量へと変化する構造は、Englishが語る「未来の可能性を再び開くための音」の姿そのもの。政治的・文化的な批評性と、アンビエントの深い音響美が同居する一枚。

Lawrence Englishによる、『Wilderness of Mirrors』『Cruel Optimism』へと続く三部作の最終章として位置づけられる『The Rest Is My Ghost』。Swans、The Necks、Mats Gustafsson、Chuck Johnsonら多数の演奏者が参加し、重層的な倍音、濁りを含んだテクスチャ、声の粒子がゆっくりと積み重なり、巨大な音の風景を形成していく。美しい層の中に微かな汚れが混ざり、過去の記憶が変質していくような質感が印象的。楽器の輪郭はあえて曖昧化され、リバーブや干渉音によって誰の音か分からないが確かにそこにある幽霊的な響きが生まれる。静けさから始まり、徐々に圧力を増し、地鳴りのような質量へと変化する構造は、Englishが語る「未来の可能性を再び開くための音」の姿そのもの。政治的・文化的な批評性と、アンビエントの深い音響美が同居する一枚。

長年の交流を重ねてきたLoren ConnorsとDavid Grubbsが、2025年のブルックリンで行った2つのライブを収めた最新作『Somewhere in the Wind』。3作目の共作にして、初めて完全ギター・デュオとしてステージに立った記録であり、ふたりの演奏が自由に荒々しく響く。Connorsの影のようなポスト・ブルースと、Grubbsの微細に調律されたイントネーションが、ライブ空間や観客の気配と混ざり合い、音が膨らんだり歪んだり、軌道を外れたりする瞬間がそのまま音楽の中心になる。スタジオ録音の静謐さとは異なり、ここではその場でしか生まれない熱がギターの響きに刻まれている。祈りのような静けさから始まり、徐々に重さと荒さを増していく長尺の演奏は、ふたりが長い年月で育んできた信頼と対話をそのまま映し出す。ギターという楽器の領域を押し広げ、静かな熱量とともに深く耳に残る名演。
イタリア前衛音楽の中心人物Egisto Macchiが、1973年に テレビシリーズのために制作したライブラリー作品『E.S.P.』。クラシックの室内楽的アンサンブルと電子音を曖昧に溶け合わせ、ミニマルな反復や不協和なテクスチャを用いて心理的サスペンスを音だけで描き出す、彼の代表的アブストラクト作品のひとつ。ざらついたシンセ、金属的なパーカッション、緊張を孕んだストリングスが途切れたり影のように変形したりすることで、画面の外側にある見えない気配を想像させる。ライブラリー音楽特有の機能性と抽象性が高い次元で結びつき、場の空気を一瞬で変えるような独特の存在感を放つ。イタリア前衛、電子ライブラリーの系譜を辿るうえで欠かせない一枚。

10代の頃にTerry Rileyの『Shri Camel』を聴いて以来、純正律、マイクロチューニングから強い影響を受け続けている、イングランド北部ヨークシャー出身の音響作家、Kirk Barleyによる最新作『Arc』純正律やオフグリッド・シーケンス、代替チューニングを全編で採用しており、ガムランのような金属的な響き、ガラス質のパッド、クラリネットやギターの柔らかなレイヤーが、Matt Daviesによる繊細なパーカッションと交差しながら、電子音とアコースティックの境界を自然にたゆませていく。ミニマル、第四世界、アンビエント、ダブ・テクノの要素が静かに共存し、風景がゆっくり変化していくような広がりを持つ作品。細部の質感や音の揺れを丁寧に追いかけるリスナーに向けた、〈Marionette〉らしい高精度なサウンド。

インド古典音楽の名門系譜に属するサロード奏者Sudeshna Bhattacharyaと、欧州を拠点に活動するタブラ奏者Mosin Khan Kawaによるデュオ作品『Mohini』。ノルウェーで録音、Bhimpalasi、Hamsadhvani、Mishra Bhairaviの3つのラーガを収めた、純度の高いインド古典。サロードは低音の重さと金属的な響きが同時に立ち上がり、タブラは柔らかいパルスで寄り添いながら、二人の呼吸がそのまま音の流れを形づくる。伝統形式の中で生まれる緊張感と静けさ、深みにあふれた古典音楽。〈Motvind Records〉らしい丁寧な制作で、古典の構造と即興の生命力が自然に共存する一枚。
1974年、パリで録音されながら長らく未発表だったByard Lancasterのファンク寄りセッション『Funny Funky Rib Crib』が、〈Souffle Continu〉により初の公式リリース。多楽器を自在に操るLancasterと、Keno Spellerのパーカッションが組み合わさり、〈Palm Records〉期の実験性とファンクが同じ軌道で響く。サックスは熱量を保ちながら、ファンク的な反復リフとフリージャズ的な飛翔を行き来し、フルートやバスクラリネットは柔らかい陰影をつくる。ピアノやオルガンは骨格を支えつつ、時にスピリチュアルジャズ的な高揚を生み出す。さらに電子処理が加わり、独特の質感が立ち上がる。Keno Spellerのパーカッションは儀式的な反復と跳ねるグルーヴを同時に生み、タイトルのFunny、Funkyが示す遊び心をしっかり支えている。フリージャズとスピリチュアル、ファンクの濃密な交差点。
ベルギーのエクスペリメンタル・フォークの孤高の存在、Ignatzが、長いキャリアの中で初めてピアノを中心に据えて制作した最新作『The Water Is Getting High』。2024年に自宅で録音され、親密で静謐な空気感がそのまま封じ込められている。これまでのローファイ・ブルース、フォークの延長線上にありながら、ピアノという新しい媒介によって、より内省的でミニマルな世界が広がる。単音の余韻、ゆっくりとしたフレーズ、部屋鳴りや微かなノイズまでもが音楽の一部となり、深夜の記録のような生々しさと詩情が同居。彼は独学でピアノに向き合っており、その技術的な未完さが、かえって彼特有の壊れやすく繊細な旋律を際立たせている。静謐なミニマリズムと、彼本来の孤独なブルースが溶け合った、独自の詩情感じられる一枚。ローファイ・ブルースの求道者が、ピアノという静かで深い語り相手を得て辿り着いた、最も純粋な告白。
1974年、パリで録音されながら長らく未発表だったByard Lancasterのファンク寄りセッション『Funny Funky Rib Crib』が、〈Souffle Continu〉により初の公式リリース。多楽器を自在に操るLancasterと、Keno Spellerのパーカッションが組み合わさり、〈Palm Records〉期の実験性とファンクが同じ軌道で響く。サックスは熱量を保ちながら、ファンク的な反復リフとフリージャズ的な飛翔を行き来し、フルートやバスクラリネットは柔らかい陰影をつくる。ピアノやオルガンは骨格を支えつつ、時にスピリチュアルジャズ的な高揚を生み出す。さらに電子処理が加わり、独特の質感が立ち上がる。Keno Spellerのパーカッションは儀式的な反復と跳ねるグルーヴを同時に生み、タイトルのFunny、Funkyが示す遊び心をしっかり支えている。フリージャズとスピリチュアル、ファンクの濃密な交差点。

オリジナルは1980年リリースの、オーストラリアはメルボルン産ジャズ、フュージョンの隠れた名作『Pyramid』が〈Outernational Sounds〉より新規マスタリングで再発。Weather ReportやReturn to Foreverの流れを汲みながら、ローカルな温度感を持つ独自のサウンドが魅力的で、A面は、エレピの柔らかな揺れとホーンのメロディが軽やかに広がる都会的なフュージョンの質感が中心。B面には本作の核となる、17分の長尺曲「Universal Suite」を収録。内省的な静けさからラテン・パーカッションの躍動、ファンク的な熱量までゆっくりと連続する構造を持ち、旅のような音の流れが楽しめる。洗練されたフュージョンとオーストラリア特有のオーガニックな質感が絶妙に混ざり合った、充実した内容の一枚。

岡田拓郎にとって、国内外のメディアやリスナーから高い評価を受けた『Konoma』以降、初となるフィジカルリリースとなる。本作は、TOKYO DESIGN STUDIO New Balanceが手がけた新型フットウェア「MT2 」のキャンペーンのために制作された。キャンペーンムービーは、New Balance T-HOUSEのオウンドメディアで公開されている。
A面「Still Water」は、池田抄英(Flute)を迎え、フォーキーかつアフロミュージックの要素を取り入れながら、音数を極限まで削ぎ落としたミニマルなアンサンブルによって構成されている。即興演奏をもとに録音された演奏はアナログテープに収められ、静かな水面のように移ろう音の揺らぎと豊かな余白が感じられる。
B面「Dohman Sehman」は、ヴィンテージファンクのムードを出発点としながら、日本の民謡や歌謡曲にも通じる旋律感覚とフォークロアな響きを織り交ぜた楽曲。松丸契(Alto Sax)、カツマル・メイ(Tenor Sax)、香田悠真(Wurlitzer / Farfisa)、小西佑果(Bass)、海老原颯(Drums)ら気鋭のミュージシャンが参加。ダブの手法を想起させる空間的なミックスと重厚なリズムセクションが生み出す、力強いグルーヴが印象的な楽曲となっている。
静謐な余白を湛えた「Still Water」と、力強いグルーヴを内包した「Dohman Sehman」。対照的な二つの楽曲を通じて、『Konoma』以降の岡田拓郎の創作の広がりを感じさせる作品となっている。
日本フリージャズ史の最重要アーティストである富樫雅彦、高柳昌行、高木元輝、吉沢元治による希有の傑作。高柳のフィードバックの手法を有効に使ったギター、高木のダイナミックなテナーサックスとコーンパイプ(縦笛の一種)、吉沢の自由すぎる程に天衣無縫な弦の響き、そして富樫の緻密さと迫力を兼ね備えた知的なドラミングは、まさに新しい時代の到来を告げる大名盤!

オリジナルは2009年リリースの、ピアノ・アンビエント、ポスト・クラシカルの名作として長く愛されてきた小瀬村晶の代表作『Polaroid Piano』が、15周年記念盤で登場。フェルトでミュートしたアップライトピアノをモノラル録音し、鍵盤のタッチ音や椅子の軋み、空気の揺れ、そしてLawrence Englishによるフィールドレコーディングを丁寧に織り込んだ、パーソナルで静かな音のスナップショット。ポラロイド写真というテーマの通り、収められた12の小品はどれも短く、柔らかく霞んだフェルト・ピアノの響きが、まるでソフトフォーカスの写真のように淡く輪郭をにじませる。シンプルなメロディーが静かに反復し、微細な環境音が背景に溶け込む音像は、音楽がその場の空気ごと記録されているかのよう。15周年盤では新たに「Enough Grace」が追加。アルバム全体に温度のある優しい質感が広がる、時間の手触りまで封じ込めたような、長く手元に置きたくなる一枚。
