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ベルリンを拠点に活動するボイス/サウンド・アーティストHanne Lippardと、クラシックの背景を持つRenato Griecoによるコラボレーション作品『Today’s Special』。即興演奏を一切排し、厳格な構成ルールやマトリックスのもとで、言葉の発話を音響的にデザインするというコンセプチュアルなサウンドアート。人間の声に最も近いとされるヴィオラ・ダ・ガンバをはじめ、ピアノやウーリッツァーの音色が、スポークン・ワードの抑揚やリズムにどこまでも密着し、豊かな陰影を描き出す。過剰な装飾を削ぎ落としたミニマルな空間のなかで、声と楽器の響き、そして静かな「間」が知的なウィットと緊張感をもって交錯する。実験音楽や現代美術・言葉の表現の領域にまで架橋する洗練された秀作。

マンチェスターのデュオSpace Afrikaによる、ディアスポラ、精神性、都市の現実といったテーマを、壮大なサウンドで描き出した、最新作『Quiet Storm』。本作は、黒人アイデンティティを扱う現代美術家Glenn Ligonの作品『Figure #30』をジャケットに採用し、アンビエント、ダブ、トリップホップ、現代クラシックが霧のように溶け合う。ストリングスやピアノの静謐な響き、ざらついたフィールド録音、遠くで脈打つようなビートが重なり、都市の夜景をスローモーションで眺めているような質感を生み出す。ゲスト陣も豪華で、Klein、RXKNephew、Kelly Moran、Axelle Fanyoなどジャンルを越えたアーティストが参加。短いインタールードや環境音が曲間をつなぎ、アルバム全体がひとつの長い映画のように流れていく影と光、個人の物語と社会的現実が交差する深い余韻を残す一枚。

マンチェスターのデュオSpace Afrikaによる、ディアスポラ、精神性、都市の現実といったテーマを、壮大なサウンドで描き出した、最新作『Quiet Storm』。本作は、黒人アイデンティティを扱う現代美術家Glenn Ligonの作品『Figure #30』をジャケットに採用し、アンビエント、ダブ、トリップホップ、現代クラシックが霧のように溶け合う。ストリングスやピアノの静謐な響き、ざらついたフィールド録音、遠くで脈打つようなビートが重なり、都市の夜景をスローモーションで眺めているような質感を生み出す。ゲスト陣も豪華で、Klein、RXKNephew、Kelly Moran、Axelle Fanyoなどジャンルを越えたアーティストが参加。短いインタールードや環境音が曲間をつなぎ、アルバム全体がひとつの長い映画のように流れていく影と光、個人の物語と社会的現実が交差する深い余韻を残す一枚。
〈XKatedral〉の共同創設者であるスウェーデンの作曲家Maria W Hornが、W.G. Sebald『土星の環』から着想を得て制作した室内アンサンブル作品『Melting Pillars of Snow』。コントラバス・リコーダー、笙、パーカッション、エレクトリック・ギター、声、電子音響を組み合わせた編成は彼女のキャリアでも特に野心的なもので、倍音の層がゆっくりと変化し続ける静的で緻密な構造。Anna Petrini、Mattias Hållsten、Magdalena Meitzner、Mats Erlandssonらも参加し、アコースティック楽器の倍音と電子処理がゆっくりと重なり変化していく様は、季節や風景の移ろい、深い時間を体験するかのよう。低域の重い呼吸と高域の持続音が対照的に響き、空間の縦の広がりが強調される一方、金属的な細かな音が薄い霧のように全体を包む。ギターはアルペジオやドローンで影のように構造を支え、Hornの電子音響処理がアコースティック楽器の倍音と絡み合いながらスペクトルを変形させていく。静寂と緊張が同じ温度で存在する、深い観察性を持つアルバム。

Pierre Schaefferのもとで働き、INA-GRMの最高責任者を長期間務めた、マダガスカル生まれの電子音楽家François Bayleの主要作品『Jeîta ou murmure des eaux』がアナログ再発。レバノンの巨大鍾乳洞で録音された、水音・反響・ざわめきといった具体音を電子的に変容させたミュージックコンクレート巨編。洞窟は実在の場所であると同時に変容が起こる精神空間として扱われ、聴き入っていくと、あたかも音の洞窟の住人としてそこに存在しているかのような感覚を覚える。水の粒子が霧のように漂い、反響が多層化し、自然音と抽象音が溶け合う独自の音世界を形成している。

紐解かれるのは、14世紀中世のポリフォニーからルネサンス、バロック、現代音楽に至る600年もの音楽史。ニューヨークのサウンドアート作家Derek Baron率いるCop Tearsによる愛おしくも歪なDIY室内楽『The Rules Of The Game』。ダブルベース、フルート、エレキギター、ピアニカなどを手に、自宅の部屋で古いテープ機材を通して録音された13の小品、そこには特有のアナログノイズや部屋の空気感、時折混じる微かな笑い声までもがそのまま収められている。格調高いホール録音のクラシックとは対極にある、極めてプライベートで温かな手触りに満ちた音像で、ピッチの微妙な揺らぎや演奏中の些細なミスさえも優しく呑み込んだアンサンブルは、古楽の美しい旋律から近代ジャズや現代音楽の骨格までをそっと紐解き、奏で直す。時代を超えた音楽がフラットに溶け合う、誠実で味わい深い一枚。

電子音響とデジタル・テクノロジーを極限まで抽象化してきた池田亮司が、ここでは一転して「擦奏」という物理的な振る舞いに向き合った新作。収録された3作品は、いずれも弦楽器の音色を素材として扱うだけではなく、演奏者の身体、楽器の構造、音の発生する時間と空間そのものを作曲の原理へと組み込んだもの。2021年にEnsemble Modernとのワークショップをきっかけに弦楽器だけに焦点を絞ることを決め、2020~2023年にかけて制作された作品群が〈The Vinyl Factory〉よりヴァイナルリリース。
「REFLECTION [for string nonet], op.13」では、9人の奏者全員が7/8拍子による同一のリズム構造を共有しながら、その開始位置をずらすことで、それぞれのパートが互いに応答し合うような複雑な時間構造を形成。
「PRISM [for string nonet], op.14」では、白色光がプリズムによってスペクトルへ分解される現象を音響へと置き換え、弦楽アンサンブルのほぼ全音域を横断しながら、個々の音高をクラスターとして抽出していきます。音を連続的な響きとしてではなく、分解可能な物理現象として捉える池田ならではの思考が、弦楽器の響きの内部に展開。
そして「MIRROR [one for two], op.12」は、一枚の楽譜を通常方向と反対方向の双方から同時に読めるよう、五線譜そのものを鏡像化(反行)。二人の奏者がひとつの楽譜を共有し、それぞれ逆方向から読み進めながら同時に演奏するという、極めて制約の多いシステムによって成立しています。池田が長年「夢」として思い描いていたこの作品は、単純に見えるルールの内部に高度な演奏上の困難を抱え、その制約そのものを音楽的構造へと変換しています。
さらに本作では、通常は互いの姿を確認できるよう半円形に配置される弦楽奏者を、一直線に並べるという舞台上の配置も試みられました。視覚的な接続を意図的に断つことで、演奏者同士の身体的な関係さえも作曲の条件へと組み込む。音を「聴く」だけでなく、楽器、身体、楽譜、配置、時間といった音楽を成立させる物理的条件そのものを露出させていく点に、池田の現在の創作姿勢が鮮明に表れています。
Ensemble Modernによって演奏され、SWRによって録音。2024年2月8日にアムステルダムで初演され、2026年2月20日にはロンドンのBarbicanでも英国初演が行われました。電子音響とアコースティックな音楽、デジタルな抽象性と楽器の物理性という対立を超え、アコースティック楽器でありながら、どこか非人間的な精密さと透明感を湛えた、池田の現在形を示す精密な音響構造を立ち上げた作品。180g重量盤 ※視聴は参考動画です
20世紀アメリカ前衛音楽の巨星Earle Brownが1950〜60年代に遺した金字塔的音源を収め、名門〈CRI〉から1974年に発表された作品が、なんと〈Death Is Not The End〉よりアナログ再発。David Tudorによる打鍵の破片と余白が緊迫感を生む静謐なピアノ演奏から、Karlheinz StockhausenやPierre Henry作品にも比肩する磁気テープの断片コラージュ、そしてアンサンブルの生演奏とテープが立体的に融合するエレクトロ・アコースティック音響までを凝縮。不協和音やピッチのゆがみが描く前衛的な色彩と、時代の先をゆく実験精神が圧倒的な異彩を放っている。John CageやMorton Feldmanらと共にニューヨーク・スクールを形成した彼が現代音楽の領域を大きく拡張した記念碑的ドキュメント。

1970年代初頭、コンピュータ・ミュージックの先駆者Charles Dodgeがベル研究所のメインフレームを駆使して制作した歴史的ヴォーカル作品集が、まさかの〈Death Is Not The End〉よりアナログ再発。詩人Mark Strandのシュルレアリスムな詩をあらかじめ録音し、その音響データを解析・数値化して過激に再構築。人間の発声構造の限界を超え、ピッチの急速な上昇下降やフォルマントの操作、劇的な歪みによって言葉を解体。日常的な対話やオペラの構造を模しながらも、突如として不気味で異質なマシン・ボイスや合成叫び声へと変容するダイナミックな展開は、コミカルでありながら強烈な不穏さを漂わせる。生成AI時代の現代にこそより一層の鋭い批評性を帯びて響く、初期音声合成テクノロジーの金字塔的ドキュメント。

1970年代初頭、コンピュータ・ミュージックの先駆者Charles Dodgeがベル研究所のメインフレームを駆使して制作した歴史的ヴォーカル作品集が、まさかの〈Death Is Not The End〉よりアナログ再発。詩人Mark Strandのシュルレアリスムな詩をあらかじめ録音し、その音響データを解析・数値化して過激に再構築。人間の発声構造の限界を超え、ピッチの急速な上昇下降やフォルマントの操作、劇的な歪みによって言葉を解体。日常的な対話やオペラの構造を模しながらも、突如として不気味で異質なマシン・ボイスや合成叫び声へと変容するダイナミックな展開は、コミカルでありながら強烈な不穏さを漂わせる。生成AI時代の現代にこそより一層の鋭い批評性を帯びて響く、初期音声合成テクノロジーの金字塔的ドキュメント。

20世紀アメリカ前衛音楽の巨星Earle Brownが1950〜60年代に遺した金字塔的音源を収め、名門〈CRI〉から1974年に発表された作品が、なんと〈Death Is Not The End〉よりアナログ再発。David Tudorによる打鍵の破片と余白が緊迫感を生む静謐なピアノ演奏から、Karlheinz StockhausenやPierre Henry作品にも比肩する磁気テープの断片コラージュ、そしてアンサンブルの生演奏とテープが立体的に融合するエレクトロ・アコースティック音響までを凝縮。不協和音やピッチのゆがみが描く前衛的な色彩と、時代の先をゆく実験精神が圧倒的な異彩を放っている。John CageやMorton Feldmanらと共にニューヨーク・スクールを形成した彼が現代音楽の領域を大きく拡張した記念碑的ドキュメント。

「マルチメディア・シアターの父」と称され、照明や衣装、身体表現を一体化させた革新的な抽象ダンス劇を創造したコレオグラファーであり作曲家Alwin Nikolais。1964年にロバート・モーグから世界で初めてMoogシンセサイザーの初号機を購入した人物でもある彼が、1966年から1989年にかけて遺した非常に貴重な電子音響コンポジション21曲を網羅した作品『Electronic Dance Music, 1966-1989』。初期Moogのうねるアナログ波形や、70年代以降に重用されたSynclavierによる先鋭的なサンプリング/シンセサイズを駆使し、人間の動きや身体性に連動する躍動的なサウンドを展開。抽象的でありながら生命感あふれる電子音響は、舞踊の伴奏という枠組みを飛び越え、20世紀アメリカ実験音楽、エレクトロニクスの礎として圧倒的な存在感を放つ。電子音楽史の黎明期を紐解く重要音源!

ノルウェーの音響デュオDeaf Centerのピアニストとして知られるOtto A Totlandが2014年に発表した初のフル・ソロアルバム『Pinô』が待望のリプレス。収録された18曲はすべて短いピアノ小品で構成され、1〜3分ほどの音のスケッチが静かに連なっていく。メロディは控えめで、冬の光のように淡く、影のニュアンスを含んだ情緒が漂う。ピアノの響き、鍵盤のノイズ、ペダルの残響まで丁寧に捉えた極めて親密な音像で、物理的なノイズまでが音楽の一部となり、音楽にリアリティを与えている。静けさの中にある感情を丁寧に描いた、現代ピアノ作品の名作。

シカゴを拠点に活動するWhitney Johnson、Lia Kohl、Macie Stewartの三人が、長年の即興実践と深い聴取の感覚をもとに紡ぎ上げた『BODY SOUND』。音が生まれる瞬間の親密さと、空間が持つ固有の気配をそのまま封じ込めたような作品で、ヴィオラ、チェロ、ヴァイオリン、声は、ただ重なるのではなく、録音された場所の空気、光、温度と結びつきながら、ゆっくりと形を変えていく。スタジオ、教会、フェス会場のパブ。異なる空間で生まれた即興の断片は、アナログテープの物理的な操作によって再び編み直され、時間の層が折り重なるような独特の深みを帯びる。テープは単に質感を与えるためではなく、もうひとつの即興として機能し、音の流れを揺らし、歪め、再配置していく。そこに立ち上がるのは、フォークの素朴さ、ドローンの持続、実験音楽の自由さが自然に溶け合った、どこかの土地に伝わる古い音楽のような気配。深く、静かで、時にざらつき、時に広がり、言葉よりも先に、音と空間と身体がひとつの呼吸で動くような、内側にある静かな場所へとそっと触れる作品になっている。

ロンドン拠点のダブルベーシスト、作曲家のTom Wheatleyが手がけた、Giulio Bertelli監督の映画『AGON』のオリジナル・サウンドトラックが〈PAN〉より登場。映画『AGON』は、架空のオリンピック「LUDOJ 2024」を舞台に、柔道・フェンシング・射撃の3競技に挑む女性アスリートを描く作品で、観客のいないスタジオで競技が行われ、音と映像のすべての層を記録するという設定のもと、スポーツの政治性、身体性、テクノロジーとの関係が浮かび上がる。Wheatleyの付けた音楽は、スコアは、身体の動きそのものを音に変換するというコンセプトで制作された、極めて実験的なもので、各競技と楽器の身体性を対応させるという独自の手法で構築されている。柔道=パーカッション、フェンシング=チェロ、射撃=サックス。それぞれの楽器が競技の動きや緊張を表現し、音が動作の痕跡として立ち上がるような構造になっている。生演奏の信号をスタジオで極端に加工し、金属音、呼吸、擦過音、衝突音が抽象化されて、音楽と効果音の中間にある音響空間が広がる。静寂もまた重要な要素で、観客のいないスタジオの空気そのものが音楽の一部として機能するかのよう。映画音楽でありながら、実験音響・ミニマル・現代音楽の領域に踏み込んだ一枚。
11月中旬再入荷。名門Mississippiの審美眼により、バルトの神聖な空気を引き連れるエストニアのコンテンポラリー・クラシカルの化身、Arvo Partの1999年にECMよりリリースされていた名作「Alina」が、CD盤には収録されていなかったボーナス1曲を追加してヴァイナル化。CDの音質とは異なり、楽器の響きが非常にリアルでCDをお持ちの方にも是非。
ピアノが持ちうる静謐と、余白を塗らないためのシンプルな室内楽。感嘆があるかもしれない、風景を見るかもしれない、ですがそれを押し付けることもなく最小限の編成で音が、或いは楽器が鳴らされている喜びがあります。生命の祝福へ。そして静謐の壁にかけておく絵画や家具のように、違和感のない美の響きを。瞑想にも読書にも、あらゆる場面で活躍してくれる、正に一家に一枚的内容。

11月中旬再入荷。ピアノ、チェロ、エレキギターというシンプルな編成から、驚くほど豊かな質感を引き出す、〈Posh Isolation〉作品も知られるデンマークのアーティスト、Cæcilie Trier (CTM)、Jakob Littauer、Mads Kristian Frøslevという面々による"TLF Trio"による2ndフルアルバム『Desire』。音数は決して多くないのに、ひとつひとつの音が空間に深く響き、静寂そのものが音楽の一部として機能しているようで、まるで室内楽を現代の視点で再構築したような、新しい視点で組み立て直したような、クラシックともジャズとも異なる独自の音像。サンプリングや反復のモチーフも織り込まれ、ミニマル・ミュージックの構造とレフトフィールドな電子音楽の感覚が自然に溶け合う。即興から生まれた柔らかさと、緻密に設計された構築性が同時に存在し、音楽が呼吸するようにゆっくりと展開していく。様々な音楽の影響がさりげなく交差しながらも、どれにも回収されない独自のバランスを保っている点が魅力的で、静けさの中に潜む微細な動きや、音の余白が生むドラマをじっくり味わえる一枚。

Oren Ambarchiによる、傑作『Shebang』の精密なオールスター・セッションの系譜を継ぐ最新ソロLP『Cooked』が登場!石橋英子、Joe Talia、Johan Berthlingをはじめ、オーストラリア、ドイツ、日本、スウェーデンから豪華異能プレイヤーが集結。彼のキャリアに脈々と流れる型破りで無邪気な探求心とユーモアを、ソロ作品の核心へと大胆に持ち込んだ重要作。Oren特有の煌めくレスリー・ギターや繊細なアコースティック楽器、笙の響きが交錯する中、突如現れる怪しい合成音声や極めて複雑なデジタル・シンセ・ソロ、70年代エレクトリック・マイルスを彷彿とさせる浮遊感あふれるリズム、さらにはシュールな口笛までもが目眩くレイヤー。全盛期の10ccをも思わせる緻密極まりないスタジオ・プロダクションでありながら、重苦しさを一切感じさせない直感的かつ軽快なスウィング感を放っている。現代音楽、ジャズ、エレクトロニクス、アヴァンギャルドが縦横無尽に交差する、軽やかでいて極めてスリリングな音響スペクタクル。

Oren Ambarchiによる、傑作『Shebang』の精密なオールスター・セッションの系譜を継ぐ最新ソロLP『Cooked』が登場!石橋英子、Joe Talia、Johan Berthlingをはじめ、オーストラリア、ドイツ、日本、スウェーデンから豪華異能プレイヤーが集結。彼のキャリアに脈々と流れる型破りで無邪気な探求心とユーモアを、ソロ作品の核心へと大胆に持ち込んだ重要作。Oren特有の煌めくレスリー・ギターや繊細なアコースティック楽器、笙の響きが交錯する中、突如現れる怪しい合成音声や極めて複雑なデジタル・シンセ・ソロ、70年代エレクトリック・マイルスを彷彿とさせる浮遊感あふれるリズム、さらにはシュールな口笛までもが目眩くレイヤー。全盛期の10ccをも思わせる緻密極まりないスタジオ・プロダクションでありながら、重苦しさを一切感じさせない直感的かつ軽快なスウィング感を放っている。現代音楽、ジャズ、エレクトロニクス、アヴァンギャルドが縦横無尽に交差する、軽やかでいて極めてスリリングな音響スペクタクル。

ジム・オルークの〈Moikai〉レーベルからその第1弾としてCD再発が敢行されていた名盤が待望のリプレス!1988年に〈Ama Romanta〉から発売されたオリジナル盤は6万円以上の高値を付けている、ポルトガルの作曲家、Nuno Canavarroによる不朽の名作『Plux Quba 』がアナログ再発!Carlos Maria Trindade とのニューエイジ傑作『Mr. Wollogallu』でも知られる人物!実に30年前の作品ながら、アブストラクト~アンビエント~カットアップのコラージュというシンプルな手法により、IDMが浸透した現代にも違和感なく溶け込む逸品。Christoph Heemannを始めとして、多くの実験作家を魅了したニカ・ニューエイジの先駆的作品にして、現代のリスニングの楽しみを彩る、完全に異質なサウンドスケープ盤。
〈XKatedral〉の共同創設者であるスウェーデンの作曲家Maria W Hornが、W.G. Sebald『土星の環』から着想を得て制作した室内アンサンブル作品『Melting Pillars of Snow』。コントラバス・リコーダー、笙、パーカッション、エレクトリック・ギター、声、電子音響を組み合わせた編成は彼女のキャリアでも特に野心的なもので、倍音の層がゆっくりと変化し続ける静的で緻密な構造。Anna Petrini、Mattias Hållsten、Magdalena Meitzner、Mats Erlandssonらも参加し、アコースティック楽器の倍音と電子処理がゆっくりと重なり変化していく様は、季節や風景の移ろい、深い時間を体験するかのよう。低域の重い呼吸と高域の持続音が対照的に響き、空間の縦の広がりが強調される一方、金属的な細かな音が薄い霧のように全体を包む。ギターはアルペジオやドローンで影のように構造を支え、Hornの電子音響処理がアコースティック楽器の倍音と絡み合いながらスペクトルを変形させていく。静寂と緊張が同じ温度で存在する、深い観察性を持つアルバム。

ボリビアはラパス出身の現代音楽作曲家Cergio Prudencioが1980年に創設し、ラテンアメリカ最高峰の過激な音響実験として世界的に評価される先住民楽器実験オーケストラによる、1989年から2014年にかけて書き下ろされた重要作品群を編んだ『Antología 2』。シクやタルカといったアンデス高地の伝統楽器が持つ特殊な発音原理やマイクロトーン、アイマラ民族の伝統的な交互奏法や祈りの儀式構造を、現代音楽の前衛的なコンテンポラリー手法と完全融合。大規模な音塊が押し寄せる圧巻のダイナミズムから、アンデスの静謐な時間観念を思わせる繊細な残響まで、伝統と現代前衛が火花を散らす唯一無二の音響劇を展開。古代の精神性と前衛音響理論が高次元で結実した重要作。作曲家本人による解説テキストも付属した、探求的な逸品!
チリ出身の詩人であり芸術家のCecilia VicuñaとコロンビアのピアニストRicardo Gallo、そして同国の先住民音楽を探求するトリオHombre de Barroによるコラボレーション作品『Tejiendo nubes contra la muerte』。気候変動や環境への意識を先住民の知恵と繋げたVicuñaの詩集『Cloud Net』を軸に、2022年7月にコロンビアの山あいで録音、2023年に他界した参加ミュージシャンErnesto "Teto" Ocampoの遺作としても深い意味を持つ一枚。朗読や囁き、吐息や静寂までを自在に行き来するVicuñaの詩的ヴォイスに対し、静謐なピアノやシンセサイザー、チェロ、フルート、ギターが即興的かつ有機的に交差。コロンビア伝承音響の深いルーツと現代アヴァンギャルドが高次元で融合し、儀式的で神秘的な音響空間を立ち上げている。精神性と芸術性が全編を貫く充実作。

MerzbowことMasami Akitaが2026年5月に自宅スタジオで制作した最新ノイズ作品『Vapor Hoof』が、〈Etherworld〉より30年振りに登場。従来の高密度ノイズの壁というより、電子的な破片、金属的なテクスチャ、低域のうねりが層を成しながら周期的に変形していく構造的ノイズで、パルスが歪み、反復が微細に揺れ続けることで、抽象的でありながら身体的な振動を伴う独特の運動感が生まれている。フィードバックの揺らぎや擦過音がミュージック・コンクレート的に配置され、音素材そのものの変化が前面に出る。近年のMerzbowに見られるリズムの影のような残響もわずかに感じられ、完全抽象のノイズでありながら、どこかグルーヴの気配が漂うのが印象的。
