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Thought Leadershipによる、重厚なギターのレイヤーと808の低音を軸に、ポストパンクの影とドリームポップの淡い光を交差させた、世界に沈み込むような作品『IV Of Cups』。前作の軽やかなバレアリック感から一転し、本作ではメロディアスなベースラインとエーテル的なギターが感情の波を描くように響き、ローファイな質感がその揺らぎをさらに際立たせる。不安、喜び、愛、悲しみ、安堵、後悔といった感情が曲ごとに、あるいは一曲の中で交錯し、その揺れが静かに積み重なることで、静かな高揚感を生み出している。全体として、夢の中のポストパンクのような曖昧な光と影が漂い続ける、彼の作品群の中でも特に情緒の深さが際立つ一枚になっている。
京都のローファイ・ファンクデュオmess/ageによる待望のフルアルバム『MESS/AGE/2』が、ワシントンD.C.拠点の〈PPU〉からインターナショナルリリース。ざらついたドラムマシン、丸みのあるベース、柔らかく揺れるシンセが絡むサウンドは、〈PPU〉らしいDIYブギー/ローファイ・ファンクの文脈と強く共鳴しつつ、京都特有の空気感や日本的な間合いが自然に滲む。収録曲には「Nandake」「House」「Anpan」「Uma Hitsuji Inu」「Street Fighter」など、日常の風景や遊び心を感じさせるタイトルが並び、生活感とファンクの軽やかなグルーヴが自然に溶け合う。

ジャン=マリ・メルシメックによる、「盲目のためのロードムービー」とも言うべき、視覚ではなく聴覚で旅を描いた実験的なアルバム『Le Camion de Marguerite Duras』が〈Aguirre Records〉の企画として制作され、全300部限定、大型ポスター付きで登場!マリオン・モルとロナン・リウの二人が、フランスとベルギーを舞台に6年かけて録音した作品で、マイクロトーナルなMIDIコンポジション、フレンチ・サウンドトラック、ポストパンク風シャンソンなどを折衷した独特の音世界を構築している。音が風景を映すスクリーンとなり、楽曲は場面として構成され、サウンドデザインとソングライティングが混ざり合う。奇妙でありながらも親しみやすく、過剰な奇抜さに頼らず、あくまで人間味と温もりをたたえた作品に仕上がっている。Luc Ferrariの語りを用いた電子音楽や、Brigitte Fontaineのシュールなシャンソン、Crammed Discsの実験音楽好きにはたまらない内容。知的でありながら情感にも訴えかける傑作。
2020年にレースカットLPで限定50部のみ流通したCindy Leeによる秘蔵アルバム『Cat O' Nine Tails』が、〈W.25TH〉より待望の再発。『What’s Tonight to Eternity』録音直後に制作され、後の『Diamond Jubilee』に繋がる、クラシックなソングライティングとクラシカルな構成美が共存した傑作としてコアなファンの間で語り継がれてきた。アルバムは、ゴシック調の「Our Lady Of Sorrows」から幕を開け、タイトル曲の躁的なエクスペリメンタル、そしてウェスタン映画のような「Faith Restored」へと展開。映画のサントラのような構成で、特に「Love Remains」は、フリーゲルの繊細で痛々しいヴォーカルが映える感傷的なバラードで、アルバムの感情的なハイライトになっている。後半ではライヴの定番エンディング「Cat O’ Nine Tails III」、そこから名曲「I Don’t Want To Fall In Love Again」へ。親密さと異質さが絶妙に同居した一曲。ラストの「Bondage Of The Mind」まで、Cindy Leeの重要な進化の過程を刻んだような全9曲が並んでいる。ゴシック、ウェスタン、ソウル、実験音楽が溶けあう、心の奥を揺らす、「もうひとつの」60年代映画サントラ!

オークランド拠点のデュオ、Cuneiform Tabsによる2作目のアルバム『Age』が、Cindy Leeの数多の名作をリリースしてきたレ-ベル〈W.25TH〉より到着。本作は、サイケデリックなドローン感覚と淡いポップネスをより全面に押し出し、前作で特徴的だったノイズや霞がかった質感を少し抑えることで、ポップの芯をはっきりと浮かび上がらせている。フレーミング・チューンズやCindy Lee、アニマル・コレクティヴの初期作品を思わせるムードのなかに、サイケな実験精神と甘美なポップセンスが同居している。制作は前作同様、マット・ブレイルとスターリング・マッキノンがベイエリアとロンドンのあいだで4トラック・テープをやり取りしながら進めたもので、Tascamやシンプルなソフトを駆使した手作りの音像が土台になっている。ただし今回は宅録感を越えて、ソングライティングの力そのものがしっかりと光っていて、収録曲はどれも催眠的でありながら確かなポップの引力を持っている。ベッドルーム・ポップと実験的サイケが交差する地点を鮮やかに描き出した、現行シーンでも際立つ一枚。
当店お馴染みの〈Numero〉から超強力物件!10年代初頭~中盤の地下カセット/ローファイ・エクスペリメンタル/ヒプナゴジック・ポップ界隈からCHICKLETTEやR U REALの姿が頭をよぎります...ミレニアル世代に捧ぐ、超スイートなスリープオーバーコア。2000年代初頭に、ジェシカ、エイデン、ジャネット、メアリーの4人娘が結成した、知られざるプレティーン・ポップ・グループ、X-Cetraによる幻の自主盤作品であり、2000年にCDrとして残されたオリジナルは入手不可能とも思われる傑作『Stardust』が『Summer 2000』と改題して奇跡のアナログ再発!まるで、ゼロ年代に迷い込んだThe Shaggsのような、アウトサイダーで狂った音源。自宅で焼いたCDrに詰め込まれたヘロイン中毒気味のトリップホップからR&B、ユーロファンク、幼き日の失恋の体験までもが練り込まれた、前代未聞で無比のカルト・キッズ・ミュージック超名作にして、プロト・ヒプナゴジック・ポップとも言うべき一枚です。

3月中旬再入荷。Nick Rattigan によるソロ・プロジェクト Current Joys とブルックリンのインディバンド Beach Fossils による、90年代スロウコアの伝説的バンド Duster への深い敬意を込めたトリビュート・シングル『Cooking / Inside Out』。どちらも Duster のカバーで、Current Joys は、ざらついたローファイ録音と内省的な歌声で「Cooking”」をより親密なベッドルーム・サウンドへと昇華。Beach Fossils は、霞がかったギターと柔らかなメロディで「Inside Out」をドリーミーなギターポップ。現代インディの重要アーティストたちが Duster の精神を受け継ぎ、静かに響かせた小さな宝物のような一枚。



かつてProject Pablo名義で活動していたカナダ・モントリオールのプロデューサーPatrick Hollandによる、2015年のカルト的ハウス・アルバム『I Want To Believe』が、〈Verdicchio Music Publishing〉から初のヴァイナル・リイシュー。本作は、当時〈1080p〉からカセットとデジタルでリリースされ、〈Mood Hut〉周辺のアーティストと並び称される浮遊感あるハウス作品として高く評価されてきた。アンビエント的な空間性とバレアリックなメロディ、アナログ的な温かみのあるビートが融合し、柔らかなグルーヴを展開。代表曲「Sky Lounge」や「Movin’ Out」など、感傷的で夢見心地なトラックが並び、Patrick Hollandの初期の音楽的ヴィジョンを再確認できる一枚となっている。アナログテープレコーダーによるシンセや気の抜けたパーカッション、キーボードの繊細なフラッターが随所に散りばめられ、全体を通して感情や空間に寄り添う質感があり、クラブユースのハウスという枠を超えて、ライフスタイルに寄り添う音楽となっており、キッチンでもリビングでも心地よく響く、イージー・リスニングなダンス・ミュージック名作。

Jerod S. RiveraがBuchlaシンセで描いた原曲「Seamstress Clock」を、4組のアーティストがそれぞれ異なる角度から再構築したリミックスEP。Cat Lauiganの声が持つ柔らかな質感を核にしながら、False Aralia、Philipp Otterbach、Motoko & Myers、Slowfoamがそれぞれの音響世界へ引き寄せている。中でも False Araliaのリミックスは、ローファイな質感とパーカッシブな推進力が際立つトライバル・ダブテクノ。一方、Otterbachは重厚なドローンへと沈み込み、Motoko & Myers は幽玄的なダウンテンポへ、Slowfoam は揺らぎのあるアンビエントへと展開し、同じ素材から生まれる多層的な解釈が楽しめる。

3月上旬再入荷(変更となりました)。ジジ・マシンのサポートアクトを勤めたことでも知られるNashpaints による、ローファイのざらつきとベッドルーム・ポップの親密さが溶け合う、小さくて不思議な宝石のようなアルバム『Everyone Good is Called Molly』。曇ったギター、つぶやくようなボーカル、カセット録音のような柔らかい質感。すべてが誰かの部屋の片隅で生まれた音楽特有の空気をまとい、素直に心に触れてくる。ポップでありながら影があり、夢の中の断片のように淡く揺れるメロディが、アルバム全体に独特の温度を与えている。
現代イタリアのアンダーグラウンド・シーンから現れた、ナポリ出身の音楽家 Lucia Sole によるプロジェクト La Festa Delle Rane(カエルたちの祝祭) の新作カセット・テープを、英国の All Night Flight と共同でリリースします。
Luciaの音楽は、日常の中を通り過ぎていく断片的な風景をそっとすくい取るようにして綴られ、いつか見た夢の記憶を呼び起こすような、子どもの視点から覗いたような不思議な郷愁に満ちています。
メロディカ、アコースティック・ギター、笛などによるシンプルな楽器構成が生み出す静かな親密さと、太鼓や管楽器が加わることで広がっていく万華鏡のような即興性が共存しています。
少女のように無垢な歌声、ささやくようなグロッケンシュピール、歪んだオルガンが空気に残す音の波紋は、ローファイな録音のなかで捉えられており、空間の気配や微かな息づかいまでがそのまま音に封じ込められています。
Xavisphone によるブラジル音楽の温度感と実験的エレクトロニクスが独自に溶け合ったユニークなアルバム『balança e paixão』。本作では、lo-fi エレクトロニクスの質感、どこかサンバやMPBの影を感じさせる柔らかなリズムに、ざらついた電子音やシンプルなドラムマシンが寄り添い、部屋の中でひっそりと紡がれたような親密さを生み出している。素朴で近い距離感のボーカル、温かいシンセ、日常の風景がにじむような録音の手触り。ミニマルで実験的な構造でありながら、メロディはどこか切なく、自然と心と身体が揺れるような軽やかさを持つ。ブラジルの空気を抽象化したような、穏やかで、心に余韻の残る、日常の隙間にそっと寄り添うような作品。

kishun が描き出す、古い世界の残響をテーマにした実験音響作品『古界|Kokai』。カセットテープ特有のざらつきや揺れを積極的に取り込みながら、環境音、ドローン、ミニマルな旋律、ノイズの粒子がゆっくりと重なり合い、まるで朽ちかけた神殿や、忘れられた土地を歩いているような感覚を生む。雅楽のような空気もあり、現代の音楽というより、どこかでずっと鳴り続けていた祈りのような響きを帯びており、大きな展開はなく、微細な変化がゆっくりと浮かび上がる構造で、耳を澄ませるほど奥行きが広がっていく。アンビエント、ドローン、実験音響の境界を漂いながら、静かでありながら濃密な世界観を持つ一本。
Hyotan Namazによる解説
kishunは雅楽の笙奏者石川高(*1)と、楽琵琶奏者の中村かほる(*2)によるユニット。笙と琵琶のみというミニマルな編成で、「旋律のない雅楽」に潜む響きを引き出すコンセプトで2015年から活動している。
雅楽は千数百年の歴史をもつ日本の伝統音楽で、もともと日本で古来より伝えられてきた歌や舞、5世紀から9世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸から渡来した舞や器楽などを、平安時代の貴族がまとめ直したものが現代に伝わっている。大陸由来のものも、日本に定着する過程で、アレンジ・再編成されており、現在伝わる雅楽はどこの国のものとも異なる日本固有のものである。平安時代にはほぼ現在に近い形が整っていたと見られる。宮中で保護・演奏されてきた宮廷音楽としての顔に加え、寺社での法要・祭礼などでも演奏される宗教音楽としての顔も有する。そのような経緯から、貴族や楽人と呼ばれるプロの音楽家などの間で庶民の感性・嗜好から離れた形で伝承されてきており、楽器も舞も、日本の他の伝統音楽とは異なった特徴を多く有する。
雅楽の種目は、大陸から渡来した舞を含む「舞楽」、器楽の合奏である「管絃」、日本古来の歌や舞である「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」、平安時代の声楽である「歌物」の四つに大別されるが、この中で、「管絃」は、日本の伝統音楽のなかで楽器のみのオーケストラとして体系化されているきわめてまれな形態といってよく、声楽が中心で、器楽合奏は、小規模編成か、演劇・舞踏の伴奏に用いられることが一般的な日本において異色の存在といえる。
「管絃」で使われる楽器は、三管両絃三鼓といわれ、管楽器(三管)では、笙、篳篥、龍笛、絃楽器(両絃)では琵琶、箏、打楽器(三鼓)では鞨鼓(かっこ)、太鼓、鉦鼓(しょうこ)となっている。旋律を担当するのは篳篥(ひちりき)、龍笛で笙は和音でそれらを包み込むのが主な役割、絃楽器はリズムに縁取りを与えるのが役割である。kishunはこの中の笙、琵琶のみで古典曲の演奏や即興を行っている。
笙は17本の長さ・音高の異なる竹管を束ね、下部に金属製のリードをつけたフリーリード楽器である。伝統的奏法ではタンギングは持ちいられず、息遣いによりフレーズを形成する。各管の音は大きくはなく、合奏における役割は、合竹(あいたけ)と呼ばれる持続和音を演奏することで、旋律を色付けし、モードの重心を示すことである。
一方、楽琵琶はリュート属の楽器で、現在使われているものは4絃4柱(4つのフレット)で、撥を使って弾く。背面は平坦で胴体は浅い。音の特徴として、弾いた瞬間は力強いが音の減衰が早く残響がほとんどない。その為、琵琶の役割は和音的というよりはリズム的である。
kishunは雅楽の管絃のなかで旋律を担当する楽器を含めず、合竹による音の場を作る笙と、リズムの縁取りを行う琵琶に絞ることで、旋律の奥に潜んでいた響きを引き出そうとするところに実験性がある。熟練の2名の技巧により、その狙いは十分に果たされ、伝統的な編成の雅楽では無意識のうちに覆い隠されていた響きは、前景に立ち現れ、斬新な姿で聴くものに語りかけてくるのである。
(*1)石川高 宮田まゆみ、豊英秋、芝祐靖に師事。雅楽の笙と歌謡を学ぶ。1990年より演奏活動を開始。雅楽団体「伶楽舎」に所属し、雅楽古典曲や現代曲の演奏を行うかたわら、独奏者としても活動。坂本龍一、Evan Parkerなど多くのアーティストのプロジェクトにも参加してきた。即興演奏にも積極的。
(*2)中村かほる 大学在学中、世界最古の琵琶譜「番假崇」(芝祐靖氏復曲)の演奏に出会い雅楽を学ぶ。龍笛を芝祐靖、楽琵琶・右舞を山田清彦に師事。「伶楽舎」所属。1990年より演奏活動を行い、国内外の音楽祭やソロでも活躍。廃絶された古典曲の復元にも取り組む。

3月下旬再入荷(3月中旬分は完売しました)。メルボルンの電子音楽家 Jeremy Dower が四半世紀にわたって制作してきた未発表曲をまとめたコンピレーション『Personal Computer Music, 1997-2022』。本作は、彼が1990年代に展開したアンビエント・テクノ・プロジェクト Tetrphnm 名義の作品群と、その後自身の名義で録音されたノスタルジックなフェイク・ジャズ的トラックとを二部構成で収録。初期は Monolake や Mouse on Mars などの厳格なドイツ・テクノから影響を受けつつも、安価な90年代のサウンドカードや12ビット・サンプラー、ノイズゲートを駆使し、subtractive compositionと呼ばれる独自の即興的システムを構築。孤立した環境で生み出されたその音楽は、のちに IDM や Microhouse と呼ばれる潮流と並走しながらも、どこにも属さない独自の響きを確立していった。幅広い音楽からの影響を消化した繊細かつパーソナルなな音楽は、2018年には、オーストラリア90年代エレクトロニカを紹介するコンピ『3AM Spares』に Tetrphnm 名義の楽曲が収録されたが、本作はその全貌を掘り下げる初の決定的な一枚となっている。

Legowelt こと Danny Wolfers と、ミステリアスな存在として知られる Noda によるコラボレーション作で、アナログ・リズムマシンの魅力を徹底的に掘り下げた実験的エレクトロ/シンセ・ジャム集『Avant Garde Rhythm Box』。ズレや不完全さをあえて残したDIY的な質感と古いリズムボックス特有のチープで温かい音による反復するビートがじわじわと催眠的なグルーヴを生む。家庭用キーボードで遊んでいるような無邪気さと、職人技の両立があり、実験的でありながら、どこかキャッチー。完璧に作り込むのではなく、瞬間のノリをそのままパッケージしており、聴くほどにクセになるゆるい実験精神にあふれている。80年代の家庭用シンセやリズムボックスが勝手に暴走しているような楽しさに満ちた怪作。

Robert Bergman による、シカゴ・ハウスとオランダ西海岸のローファイ電子音楽から影響を受けた、荒々しくも中毒性の高い12インチ『9 Lives Of The Cat – Lives 1–5』。ローファイでざらついた質感、デジタルの歪み、荒々しいビート、〈Brew Records〉らしい、コンピュータと非コンピュータの境界を揺るがすような実験性。スクラッチされたコンピュータ・マッドネスとも形容される、〈Brew〉のカタログの中でも特に地下感の強い作品。

アイルランド出身のエクスペリメンタル・アーティスト Olan Monk による愛、喪失、風景、記憶といったテーマを断片的でコラージュ的な音楽スタイルで描いた『Songs for Nothing』が〈AD 93〉より登場。ローファイ・シューゲイズ、サイケデリック、エクスペリメンタル・ロック、アイルランド民謡の要素が混在しており、ギターのフィードバック、ノイズ、アナログな質感のビートが、ゆったりとした民謡的メロディや語りのようなヴォーカルと交差し、冷たさや無機質さを感じさせる音の質感でありながら情緒的でもある独特なサウンドを形成している。Maria Somervilleをフィーチャーした「Down 3」や「Fate (Reprise)」など、ゲストとの共演も印象的で、アルバム全体にアイルランドの自然と精神性が深く染み込んでいる。録音はアイルランド西海岸・コナマラの自然環境の中で行われ、海藻が腐る海岸、花崗岩の丘、深い森から顔を出す古代の木々といった風景が音の中に静かに息づいているようで、ローファイな質感と自分の内に静かに沈んでいくような感覚が共存する、内面的な旅の入り口にもなりうる充実作。
Madlib の変名プロジェクト Quasimoto(Lord Quas)の過去10年間に制作された未発表曲やレア音源をまとめたアルバム『Yessir Whatever』。Madlib の裏側を覗き込むような生々しい音楽性が特徴的で、ジャズやファンク、ライブラリー音源を切り貼りしたビートは、完成されたアルバム作品というよりもスケッチのような粗さと即興性が前面に出ており、テープの歪みやノイズをそのまま残したローファイな質感が独特の魅力を生んでいる。ハイピッチの Lord Quas と Madlib 本人の声が交互に現れる語り口は相変わらず奇妙でユーモラスだが、ここではよりラフで気ままな雰囲気が強く、完成度よりもアイデアの奔流や遊び心が際立つ、裏ベスト的な魅力を放つ一枚。
Madlib が、ハイピッチ声の分身とする Quasimoto(Lord Quas)名義で発表した2005年作『The Further Adventures of Lord Quas』。アンダーグラウンド・ヒップホップの中でも特にカルト的な人気を誇るアルバムで、ジャズ、サイケ、ファンク、ライブラリー音源を縦横無尽にサンプリングし、ローファイでざらついた質感のビートに奇妙な語りとブラックユーモアを散りばめた、唯一無二の内容。断片的なサンプルのコラージュが万華鏡のように展開し、Quas の甲高い声と Madlib 本人の声が交互に現れることで、現実と妄想の境界が曖昧になるような感覚を覚える。Madlib の実験精神と遊び心が最も濃厚に結晶した、Quasimoto 名義の代表作といえる一枚。Quasimotoのイラストを手掛けるJeff Jank により、新たなアートワークを施され、厚手のゲートフォールド仕様、カラーヴァイナルの、豪華版。
