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1950〜60年代前半の古いレコードから、カリプソ、ラグタイム、ブルース、ジャイヴ、スピリチュアル、ハワイアン・ギター といったジャンルの怪しくて魅惑的な音源を集めた、〈Death Is Not The End〉が手がけるカセット限定、デジタル非公開の秘蔵音源コンピレーション。古いSP盤のノイズや質感をそのまま残しており、1950〜60年代初頭のジャマイカ/カリブ海の空気を閉じ込めたノスタルジックでメロウ、アナログ時代の魅力に満ちた作品。

1960〜70年代にリビアのベンガジで活動していたインディーレーベル〈Bourini Records(اسطوانات البوريني)〉を中心に、エジプトの周縁地域で育まれたもうひとつの大衆音楽の歴史を紹介するコンピレーションが〈Sublime Frequencies〉より到着。20世紀のエジプトでは、カイロを中心とする洗練された大衆音楽、アートソングが主流で、中産・上流層に親しまれていたが、カイロから遠く離れたアレクサンドリアやタンタ、さらにはリビア国境に至るまでの地方では、より素朴で荒々しい「シャアビ/アル=ムシーカ・アル=シャアビーヤ(庶民の音楽)」が育っていた。その中で重要な役割を果たしたのが、1968〜75年にかけて活動したベンガジ拠点のインディーレーベル〈Bourini Records〉で、このレーベルは、基本的にはエジプト人アーティストによる7インチ・シングルを40〜50作ほどリリースし、盲目のベドウィン歌手アブ・アバブやアレクサンドリアのシェイク・アミンらの短いが鮮烈なキャリアを支えた。本コンピレーションに収録された音源は、ラフで生々しい演奏や即興的な構成、シャアビ特有の打楽器やアコーディオン、竪琴などが収録されているのが特徴的で、主流音楽とはまったく異なる美学を示している。中には、動物のように唸るヴォーカルや、不協和音で終わる手拍子曲など、実験的なトラックも含まれる。この音楽は、洗練や理想を追求する都市部のポップスとは対照的に、「無名の人々の日常」をそのまま記録したもので、50年以上が経った今も、その迫力や切実さは色あせておらず、まるで目の前で演奏されているかのように響く。中央から見捨てられた周縁の声を拾い上げた伝説のレーベル〈Bourini Records〉の音楽は現在も強いリアリティをもっている。
80年代レゲエ界に革命を起こした最強のリディム"Sleng Teng”に乗せた沖縄民謡、ウチナースレンテンプロジェクトがついに始動。待望の7インチリリースが決定!
Churashima NavigatorのNu-dohとISLAND HERLEMのSHINGO (MC)のDJユニット島's (シマーズ) による、80年代レゲエ界に革命を起こしたリディム "Sleng Teng"に乗せた沖縄民謡のわらべうた「赤田首里殿内」を7インチでリリース。カップリングには「てぃんさぐぬ花」を比嘉いつみ(唄、三線)そして、宮古島出身のBlack Wax、浜田真理子のサポート等で活躍するMARINO(Sax)をフィーチャー。録音、編集は沖縄を代表するアーティストHARIKUYAMAKUが担当。
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1980年代、ジャマイカのダンスホール・シーンにコンピューターライズド革命を起こしたモンスター・リディム"Sleng Teng(スレンテン)”。沖縄で、詠み人知らずの唄として古くから歌い継がれてきた民謡「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)」、「てぃんさぐぬ花」。島’sのDJ Nu-dohが25年もの間、構想をあたため続けてきた「Sleng Teng×沖縄民謡」のチャンプルー・プロジェクトがついに実現した。そもそもは「"Sleng Teng”を聞いて、これは音階的に沖縄民謡が絶対合うとピンときた」のが始まりだと言う。かつて名曲「バイバイ沖縄」が生まれたように、レゲエと沖縄民謡は惹かれ合う。それを直感できるのは、まさにうちなーんちゅの血というべきか。「赤田首里殿内」は、もとは琉球王朝時代に首里殿内にて弥勒(みるく)様を迎える祭礼で歌われていた唄。今では“シーヤープー シーヤープー”などの囃子に合わせて、子どもたちが体を使って遊ぶ童歌としても親しまれている。「てぃんさぐぬ花」は、親の教えを心に染めなさいと歌う教訓歌。両曲とも沖縄では幼い頃から耳にすることの多い代表的な民謡だが、たとえうちなーぐちがわからない人でも、ふとメロディーを口ずさんでしまえるキャッチーさがある。その選曲の意図には「気軽に親しめる曲で世界中に沖縄の唄が広がってほしい」というDJ Nu-dohの切な願いがある。「必ず会って話をして音楽を作る」をモットーに、参加アーティストと友小(どぅしぐゎー)の絆を育み、音遊び、唄遊びを共にして完成した入魂作。25年越しに実った“ウチナースレンテン”が、2024年、世界に羽ばたく。
文/岡部徳枝

イタリア・ミラノの〈Ultimo Tango〉とスペイン・マドリッドの〈Glossy Mistakes〉が、フランス、スペイン、ドイツ、イタリア、オーストリア、オランダなどのアーティストの作品を含む、1979年から1990年に及ぶ、トライバルで別世界的なパーカッション音楽をよりすぐった画期的コンピレーション・アルバム『Tribal Organic: Deep Dive into European Percussions 79-90』を発表。Luca FioreとGlossy Mario が編纂した本作では、1979 年から1990年にかけてのヨーロッパの多様なサウンドを巡るリズミカルな旅へとご案内。英国の女性デュオ Ova による幻想的な"Rainforest"で始まるこのコレクションは、世界各地のパーカッションの伝統に深く影響を受けたアーティストの9つのトラックを収録。ジャズやニューエイジ、ガムラン音楽、西アフリカのリズムなどが溶け合ったこれらの楽曲には、コンガ、タブラ、シェケレなどの楽器も用いられており、有機的なドラム・ビートという共通した魅力が貫かれています。Jean-Michel Bertrandの"Engines"のインダストリアルとアフリカン・グルーヴが融合したサウンドやCuco Pérezの"Calabó Bambú"での催眠的なアコーディオンと部族のチャントに至るまで、瞑想的でありながら爽やかに響く異文化のリスニング体験が味わえる内容となっています。

ポルトガルの伝統的な労働歌のアーカイブ録音と現代アーティストによる再解釈を収めた『Leva Leva: Litanie des pêcheurs portugais』。アーカイブ録音としては、1940年代〜80年代にアルガルヴェ地方で収録された漁師の労働歌を収録。現代的再解釈にはJoão Pais FilipeやRomain Baudoinら現代の実験音楽家が参加。伝統的な「Leva Leva」の旋律を軸に、エレクトロニック、ダブ、実験的サウンドを融合している。

ヴァージニア州、メヘリン川沿いに残る18世紀の酪農農場。2023年9月、この場所にノースカロライナ周辺の音楽仲間9人が集まり、家の居間と食堂を即席スタジオに仕立てて録音したアルバム『Diamond Grove』。Weirsは固定したメンバーを持たず、オールドタイム音楽とDIYノイズを自由に横断する共同体的な集団で、ここではSluiceやMagic Tuber Stringbandの面々を含む編成で、夜が更けるまで古い歌や旋律に取り組んでいる。彼らは、忘れ去られそうな古い楽曲を収集し、Guided by VoicesのようなインディーロックからJean Ritchieのようなフォークまで、幅広い影響を融合させており、その音楽は伝統を保存するのではなく、伝統をどう生かすかを問い直すもので、古い賛美歌をMIDI化してiPhoneスピーカー越しに鳴らし直したり、ゴスペルを納屋の残響ごと封じ込めたりと、音の場そのものを演奏と同等の要素として扱っている。その結果、古い旋律は再現されると言うよりも、今この瞬間にふっと立ち上がって、リスナーの前に姿を現すのように響く。本作は、農場の古い建物、土地の記憶、夜の虫の声までが音楽の一部になっており、トラッド/フォークの純粋性を疑いながら、それでも歌の命脈をつなぎ、今日の耳にどう届きうるかを模索している。その本質はフォーク・リヴァイヴァルよりもむしろミュジーク・コンクレートやローファイ実験音楽の感覚に近いもので、アウトサイダー・フォークの系譜にありつつ、地域性と現代感覚を交差させたユニークな一枚。
Nu-dohとHarikuyamakuを中心とするプロジェクト「ウチナースレンテン」。2作目にして最終章となる今作のテーマは”エイサー”。前作よりもさらにダンサブルな内容となっている。
A面の「くーだーかー〜スンサーミー」ではボーカルに大城琢、Saxに前作同様宮古島出身のMARINO、そしてスティールパン奏者のトンチが参加。
南国感満載な仕上がりになった。 AA面の「唐船どーい」では今沖縄で最も勢いのあるYUKINO INAMINEをボーカルに迎え、MCは前作に引き続きSHINGOをフィーチャーしている。最高の琉球ダンスホールが完成。
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DJ Nu-doh(Churashima Navigator/島‘s)とトラックメーカー/ダブエンジニアのHarikuyamakuを中心に、ダンスホール・リディム"Sleng Teng(スレンテン)”と沖縄民謡のチャンプルーを実現した「ウチナースレンテンプロジェクト」の第2弾。
本作のテーマは、沖縄の旧盆に行われる伝統芸能「エイサー」。先祖崇拝を重んじる沖縄では、旧暦7月13日にご先祖を迎え、15日に送るまで、各地で青年会がエイサーの演舞を繰り広げる。
今回の2曲は、そのエイサーの現場で定番曲として根付いているビッグ・チューンだ。「くーだーかー〜スンサーミー」(原題「久高万寿主節」)は、
何かと話題の多い人物“久高万寿主(くだかまんじゅーしゅ)”のうわさ話を歌い、「クユイヌ ハナシヌ ウームッサー(=今宵の話のおもしろさ)」と盛り上げる楽曲。
歌三線は、師匠・大城美佐子から薫陶を受けた民謡唄者、大城琢。リディムに合わせて独自の“間”を作り出した歌い回しは、実はレゲエ好きという感覚が冴え渡った絶妙な仕上がり。
さらに宮古島からサックス奏者のMARINO、スティールパン奏者トンチが参加し、南国の風を感じさせるフレーズで楽曲の世界観を色彩豊かに拡張している。 “唐から船が来たぞー!”という掛け声で始まり、即興の歌詞で歌われることも多い「唐船(とうしん)ドーイ」は、祝いの席など沖縄の暮らしに欠かせないカチャーシーの代表格であり、エイサーではクライマックスで熱狂の渦を巻き起こす楽曲。
Harikuyamakuと“ダブ×民謡”のタッグで海外からも注目されている唄者、YUKINO INAMINEがその熱気を艶やかな歌声と早弾きの三線で見事に表現。
さらに島’sのSHINGOがエモーショナルなMCで畳み掛け、高揚感あふれるチューンに仕上げている。
琉球民謡に潜在するうちなーんちゅ独自のリズム感覚とジャマイカ産80年代ダンスホール・リディムの共鳴が証明された重要作。入魂の琉球ダンスホール!
文/岡部徳枝
仏〈Ocora〉にも比肩しうる広範かつディープな世界各地の伝統音楽のカタログを持つ、スイスはローザンヌ近郊を拠点とする長い歴史を持つレーベル〈VDE/Gallo〉より、イタリアはアペニン山脈の北部に広がる山岳地帯で、行政区分を越えて共通の音楽・言語・風習を持つ文化圏として知られる地域の多声合唱の伝統を記録した貴重なフィールド・レコーディング作品『Italie: Polyphonies des Quatre Provinces』。この地域では、口承による多声合唱(polyphonie vocale)と伝統的な器楽演奏が融合した祝祭音楽が今も受け継がれており、イタリアの山岳地帯に息づく声の文化と共同体の記憶を、音を通じて体験できるアルバムとなっている。素朴で力強い歌声が、土地の風景と人々の暮らしを鮮やかに描き出す一枚。
仏〈Ocora〉にも比肩しうる広範かつディープな世界各地の伝統音楽のカタログを持つ、スイスはローザンヌ近郊を拠点とする長い歴史を持つレーベル〈VDE/Gallo〉より、1982年にポルトガル・マデイラ諸島のポルト・サント島で録音されたフィールド・レコーディング作品『Portugal: Musique de l'île de Porto Santo (Archipel de Madère)』。本作は、ポルト・サント島に伝わる宗教的・世俗的な祝祭音楽を記録した貴重な音源集で、地元の歌い手たちによる多声合唱と器楽演奏を収録。ポルトガル本土とは異なる独自のスタイルと楽器編成を持ち、地域性の強い音楽遺産となっている。ポルトガルの島嶼部における音楽の多様性と、当時の生活や祝祭の雰囲気をリアルに伝える一枚。
仏〈Ocora〉にも比肩しうる広範かつディープな世界各地の伝統音楽のカタログを持つ、スイスはローザンヌ近郊を拠点とする長い歴史を持つレーベル〈VDE/Gallo〉より、2016年にジュネーブ民族学博物館(MEG)が企画した展覧会「Amazonie: Le chamane et la pensée de la forêt(シャーマンと森の思考)」に合わせて制作された、フィールド・レコーディング作品『AMAZONIE: Contes sonores』。アマゾン地域の13の音の物語で構成されており、環境音、動物や人間の声、アヤワスカの儀式音楽などが収録されています。各トラックは、狩猟、漁、儀式、癒し、森林破壊など、現地の生活や精神文化に根ざしたテーマを持っており、アマゾンの音響文化を芸術的かつ学術的に記録した貴重なドキュメントとなっている。音を通じて森の思想や人々の営みに触れることができる聴く民族誌とも言える内容。

Gareth Quinn Redmond、Méabh McKenna、Ross Chaneyからなる、アイルランドの実験音楽トリオThrowing Shapesによるセルフ・タイトル・アルバム。本作はアイルランドの伝統と現代のエレクトロニクスを融合させた、ジャンル横断的な作品で、そのサウンドの中核を成すのは、アイルランドのワイヤー弦ハープの印象的な音色で、ハープ奏者Méabh McKennaが18世紀の複製ハープも使用し、深く響くテクスチャーを生み出している。ここにRoss Chaneyの繊細なパーカッションや、Gareth Quinn Redmondのモジュラーシンセとエレクトロニクスが互いに干渉せず、しかし絶妙に絡み合い、聴く者に内省的な時間をもたらす。音の隙間や余白が美しく、まるで静かな森の中で音が自然に生まれては消えていくような感覚は、ジャズ、即興、アンビエントの境界を曖昧にしながら、独自の音世界を築いている。


フランス・ブルターニュ地方のケルト・ハープ奏者クリステン・ノゲと英国のサックス奏者ジョン・サーマンによる1998年録音のデュオ・アルバムが〈Souffle Continu Records〉より登場。ブルターニュの伝統音楽と現代音楽を結びつける活動をしていたノゲと、ECMレーベルで知られるような、ジャズとアンビエントの境界を漂うような音楽を作っていたサーマンによる音楽は、伝統音楽、即興、モーダルな“ブルターニュの夜の祭りの音楽”、静けさと実験が交錯する音楽で、まさに唯一無二の響き。伝統曲の断片を引用しつつ、二人のオリジナル曲を中心に構成されており、全体を通して、伝統音楽をキャンバスにしながら、二人が描き出す風景は多彩で詩的。ケルトを超えた自由なインスピレーションに満ちた作品となっている。

100年前の音が今よみがえる!フィンランドのカンテレ奏者・研究者であるArja Kastinenと、フォーク歌手Taito Hoffrénによって制作された、フィンランドの伝統音楽と口承文化を再構築する音響民俗誌とも言うべき作品『Teppana Jänis』が〈Death Is Not The End〉より登場。1916〜17年に民族音楽学者Armas Otto Väisänenが蝋管録音した、カレリア地方の歌い手Teppana Jänisの歌声をもとに、Arja KastinenとTaito Hoffrénが現代の演奏を重ね合わせることで、100年前の音の記憶を再構築している。ルーン歌唱や語り、カンテレの響きが交錯する音世界は、過去と今が重なり合い、日常の中に静かな霊性が立ち上がるかのよう。静かで深い、まるでフィンランドの森の奥から届いた声のような一本。

イギリスのフォーク歌手シャーリー・コリンズが22歳のとき、1958年春に録音した伝統的なフォークソングをシンプルかつ誠実なスタイルで歌ったデビュー・アルバム、『Sweet England』が〈Moved By Sound〉より再発。彼女は当時、民俗音楽研究家アラン・ローマックスと共に暮らしながら、編集助手として彼の書籍やフィールド録音に関わっていた。録音はローマックスとピーター・ケネディによって、ロンドンのベルサイズ・パークにあるピーターの自宅スタジオで2日間にわたり行われた。本作では、彼女の朴訥とした歌声と最低限の伴奏が、古くから口伝で伝えられてきたイングランドのバラッドや労働歌、恋愛歌のもつ静かな力を際立たせている。シャーリー自身にとって、これらの伝承歌は音楽的・感情的に深く響く存在であり、このアルバムは、人生をかけて探求していくことになる「イギリス民謡」という大きな旅の「最初のおぼつかない一歩」だったという。伝統的な歌のよさが伝わってくる一枚。
1900年頃からメキシコ革命初頭にかけて、ヴァイナル・レコード以前の音の記録媒体である「蝋管」に吹き込まれた貴重音源を集めたアーカイヴ集『In Search of Revolutionary Voices』が〈Death Is Not the End〉より登場!ポップソング、詩の朗読、フォーク弾き語り、メキシコ革命期に歌われたバラッド、さらには奇妙なインスト曲まで、多岐にわたる音源が収録されている。蝋管録音というフォーマット自体がすでに独特のノイズと空気感をもたらしており、収められた音に一種の魔法のような雰囲気を与えているのが特徴的。音源の出典はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の蝋管音声アーカイブで、音楽学者ファティマ・ヴォルコヴィスキーによる研究に触発されて制作されたという。幽かな響きが美しく、時空を超えた聴覚体験をもたらすこれらの音源は、単なる音楽のアーカイブではなく、時代の空気や記憶を生々しく封じ込めた歴史資料でもある。まさにDeath is Not the Endらしい、音と記憶が交錯する一本。

Sir Richard Bishop(Sun City Girls)によるひとりアコースティック・ギターだけで挑む、原始衝動むき出しの一枚はアメリカン・プリミティヴを踏まえつつも、そこにインド古典音楽のラーガの解釈を織り込み、秩序や安定から外れたリズムと動きに焦点を当てた、荒々しい独奏集。彼が語るところによれば、目指したのは基本への回帰で、エフェクトも電気もオーバーダブも一切なし、あるのはギター一本と自分の手だけ。アメリカン・プリミティヴが「原始」と名乗りながら、実際には整然としすぎていることへの反発から、あえて無鉄砲に、予測不能な展開を打ち出す。その姿勢は、山奥で誰からも教わらず独自のフォークロアを鳴らす孤高のヒルビリーをイメージしたものだという。『Salvador Kali』『Improvika』『The Freak of Araby』といった探求的な作品群で培ってきた感覚を、ここでは極限まで削ぎ落としており、9曲それぞれが、深い森をひとり分け入るかのような探索であり、外界と切り離された音楽の放浪記でもある。ヒルビリーの神秘家による異形のフォーク伝承。
Sir Richard Bishop(Sun City Girls)によるひとりアコースティック・ギターだけで挑む、原始衝動むき出しの一枚はアメリカン・プリミティヴを踏まえつつも、そこにインド古典音楽のラーガの解釈を織り込み、秩序や安定から外れたリズムと動きに焦点を当てた、荒々しい独奏集。彼が語るところによれば、目指したのは基本への回帰で、エフェクトも電気もオーバーダブも一切なし、あるのはギター一本と自分の手だけ。アメリカン・プリミティヴが「原始」と名乗りながら、実際には整然としすぎていることへの反発から、あえて無鉄砲に、予測不能な展開を打ち出す。その姿勢は、山奥で誰からも教わらず独自のフォークロアを鳴らす孤高のヒルビリーをイメージしたものだという。『Salvador Kali』『Improvika』『The Freak of Araby』といった探求的な作品群で培ってきた感覚を、ここでは極限まで削ぎ落としており、9曲それぞれが、深い森をひとり分け入るかのような探索であり、外界と切り離された音楽の放浪記でもある。ヒルビリーの神秘家による異形のフォーク伝承。

Sir Richard Bishop(Sun City Girls)によるひとりアコースティック・ギターだけで挑む、原始衝動むき出しの一枚はアメリカン・プリミティヴを踏まえつつも、そこにインド古典音楽のラーガの解釈を織り込み、秩序や安定から外れたリズムと動きに焦点を当てた、荒々しい独奏集。彼が語るところによれば、目指したのは基本への回帰で、エフェクトも電気もオーバーダブも一切なし、あるのはギター一本と自分の手だけ。アメリカン・プリミティヴが「原始」と名乗りながら、実際には整然としすぎていることへの反発から、あえて無鉄砲に、予測不能な展開を打ち出す。その姿勢は、山奥で誰からも教わらず独自のフォークロアを鳴らす孤高のヒルビリーをイメージしたものだという。『Salvador Kali』『Improvika』『The Freak of Araby』といった探求的な作品群で培ってきた感覚を、ここでは極限まで削ぎ落としており、9曲それぞれが、深い森をひとり分け入るかのような探索であり、外界と切り離された音楽の放浪記でもある。ヒルビリーの神秘家による異形のフォーク伝承。

シカゴの作曲家・即興演奏家・民俗音楽家ベン・ラマー・ゲイの最新アルバム『Yowzers』が〈 INTERNATIONAL ANTHEM〉より登場!本作では彼のキャリアで築かれた音楽的語彙と共演者たちとの信頼関係がアルバム全体を通して強く感じられ、民話が語られているのを聞くかのような、リズムとメロディの物語性に満ちた意欲作。本作の中心は彼のカルテット(トンマーゾ・モレッティ、マシュー・デイヴィス、ウィル・ファーバー)で、長年にわたる共演を経て築かれた即興的かつ緻密な音楽言語が展開される。民俗的なメロディや物語を核に、ジャズ、ゴスペル、エレクトロニカ、フォークなどを自在に横断、楽曲の多くはシカゴでライブ録音され、その場の空気感や身体性が濃厚にパッケージされている。またカルテット外のゲストとのスタジオ制作も加え、サウンドの幅を拡張している。物語の語り部として、過去のフォークロアやブルースの精神を未来へと受け渡すような構成になっている。『Yowzers』は、混沌とした今という時代の空気をとらえつつ、音楽を語ることとして捉え、希望と継承のメッセージを静かに伝えるような一枚。新しさと懐かしさ、即興と構築が共存する、現代の真のフォーク・ミュージック!

カタルーニャの女性ヴォーカルデュオ、Tarta Relenaによる2作目『És pregunta』が〈Latency〉よりリリース!本作では、メンバーのHelena Ros RedonとMarta Torrella i Martínezは地中海の豊かな声楽伝統をベースに、古代ギリシャ語、ラテン語、カタルーニャ語、ラディーノ語など、地中海世界に息づくさまざまな言語を用いて、過去と現在、聖と俗の境界をたゆたうような音楽を紡いでいる。フラメンコや宗教歌、電子音楽の要素を交えながら、運命や知、未来への葛藤といったテーマを深く掘り下げている。ジョージアの嘆き歌や中世の修道女ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの霊的作品からも影響を受けたサウンドは、土着的でありながらも時代を超越した響きを持ち、まるで時間そのものが溶けていくような感覚を呼び起こす。素焼きの壺を打楽器として用いた古代的なリズムや微細なエレクトロニクスと共に、声だけで時間と空間を繋ぐような演奏は、現代フォークロアの革新と呼ぶにふさわしい一枚。
