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2024年11月末、冥丁は、別府市制100周年記念事業の一環として、温泉文化をテーマにした滞在制作に招かれ、別府を訪れた。
「失日本」シリーズで知られる冥丁は、忘れ去られた日本の時代や風景を音として再構築する表現で注目を集める音楽家。今回の制作では、海辺に佇む築100年の旅館「山田別荘」の蔵に約1週間半滞在し、雨水が火山岩に染み込み、癒しの湯となって地上に戻る循環に耳を澄ませた。その結果生まれた作品『泉涌』は、温泉文化の内なる精神をたどるものである。
冥丁は竹瓦温泉、坊主地獄、へびん湯、そして山田別荘の内湯や貸切湯など別府の象徴的な温泉地を訪れ、泉源の音、泥の泡立ち、噴気孔の響き、竹林を渡る風、湯を楽しむ人々の会話などの環境音を丁寧に録音した。これらのフィールドレコーディングとその深い聴取体験を楽曲の音の土台とし、立ちのぼる湯気や体感した湯加減の塩梅までも音として描き出そうと試みている。
この作品は、一連の楽曲として展開し、硫黄と火山岩の風景の中を湯気のように漂っていく。坊主地獄に潜む狂気、山田別荘の内湯に響く幽玄な残響、苔むした竹瓦温泉の風情の中で交わされる日常の語らい。そうした断片が静かに織り込まれている。そこには水の静けさや土地に宿る記憶、そして代々ここで湯に親しんできた人々への深い敬意が込められている。
『泉涌』は、失われた日本の記憶を主題とする冥丁の探求を継承しつつ、新たな領域に踏み込んでいる。別府の風土や記憶を音 で巡礼するかのように、リスナーを深い没入体験へと誘う。マスタリングはStephan Mathieuが担当。また、本作は「失日本」 プロジェクトの新章『失日本百景』の幕開けを飾る作品。このシリーズでは、現代の生活の中でひっそりと息づく「憧憬の残る場」を探求していく。

Alexander Holmによる、反復、移動、視点のわずかな変化を軸にしたミニマルなサウンドワーク『Dial / Head Stroll』。ゆっくりと焦点が合ったり外れたりするようなループの中で、音の断片が半ば記憶のように現れては消え、構成とコラージュの境界を曖昧に行き来する。都市を歩き観察するときの身体のリズム、視線の移ろい、環境音の出入りを、そのまま音の構造として作品化し、環境音、電子処理、静かな持続音を重ねながら、日常の中に潜む微細な出来事を浮かび上がらせる。ミニマルでありながら、反復の中で細部が変化し、聴き返すたびに別の意味を帯びる。フィールド録音の生々しさと、Holmの繊細な編集感覚が重なり、都市の風景が抽象的な音の層として立ち上がるアーティスティックな一枚。
まさに精霊との交信・・・・パプアニューギニアの竹笛による神聖なる演奏!Editions Mego傘下に、Sunn O)))でおなじみStephen O'Malleyが運営・キュレーションする屈指のエクスペリメンタル・レーベル、Ideologic Organからは、同レーベルからの二年前の再発でも鮮烈な印象を残したばかり、Bjorkの最新作にして最高傑作とも言うべき「Utopia」にもサンプリングされたことでよりいっそう話題になっているRagnar Johnsonによって1979年に録音されたニューギニアの未発表フィールド・レコーディング音源が堂々の登場!
これは音楽遺産レベルの録音!長い雌と雄の竹を用い、儀式のためにパプアニューギニア・マダン地域の成人男性が演奏した竹笛の貴重なフィールド・レコーディング。時折、鳥たちの声が入り混じる中、神妙な息遣いで織りなされる、あまりにも稀有な響きを持つ竹笛の独奏。自然や精霊と対話するようなミステリアスな演奏はもはや別の世界や次元から鳴っているものにさえ感じられます。この演奏者たちは、この演奏技術を伝授された最後の世代であるようで、非常に資料価値の高い録音であることは間違いありません。何処で何時鳴らしても、何の違和感もストレスも無い完全な演奏と音質で、Dave Hunt studioにてDave Huntによるデジタル化&マスタリング、Rashad BeckerによってDubplates and Masteringでカッティングとプロダクションも完璧です。Ragnar JohnsonとJessica Mayerによるノート。ジャケットはRagnar Johnsonによる撮影。

各所で話題をさらった劇薬!ナイロビのアンダーグラウンド・メタル・シーンで長年活動してきた名アクトにして、Martin Khanja (Lord Spikeheart)とSam Karuguから構成されるケニアのグラインドコア・バンド、Dumaが、東アフリカ・ウガンダ拠点の先鋭的音楽フェスティバル/レーベル〈Nyege Nyege Tapes〉より、世界デビュー作として2020年に発表した名作。
ダンス x エクスペリメンタルを軸に尖鋭的な音楽をキュレーションしてきた名フェスティバル〈CTM〉にも出演。現地の言語では「闇」を意味するというその名を忠実に反映した、ダークサイドに根ざすエクストリーム・サウンドとアウトサイダー的なエネルギーを大放出、これは滅茶苦茶面白いです!〈Dubplates&Mastering〉でのマスタリング&カッティング。発売当時は即完売だったので、この機会を絶対にお見逃しなく!

イタリアはローマを拠点とするLuca Quartaroneのデビュー作『mathematical model 0010』が〈Objects & Sounds〉より登場。本作は、日本を旅した際に録音した環境音をもとに作られた、静謐なアンビエント作品。日常の音の断片を素材にしつつ、そこから抽象的で広がりのある音響世界を描き出している。アルバムタイトルは、神奈川・小田原の江之浦測候所で見た杉本博司のランドアート作品に由来しており、この作品にある「無限に収束し続けるけれど決して交わらない超曲率の金属面」のイメージと同様に、音楽もまた、日常のささやかな瞬間から無限の広がりを感じさせる。アンビエント、エレクトロアコースティックとサウンドアート的なフィールドレコーディングが交わり、静けさや余白を重視しつつ、内面の感情や記憶の風景にそっと触れるような音響構築になっている。

ベルギー・リエージュを拠点に活動するfrançois vankaによる、東ベルギーの自然保護区や森との境界線、川の谷間を巡る散策の中で採集された音の断片を凝縮し、自然物から作り上げた自作楽器やフィールドレコーディングを用いて紡ぎ出された静謐な音響日記のようなデビュー作『quelques endroits』。セイヨウニワトコから削り出したチャイムやカタツムリの殻、フランス海岸の貝殻などを用いたハンドメイド楽器の素朴な不規則音と、霜のように繊細な音色、静かに漂うピアノとループが美しく交錯。風や水のせせらぎ、鳥たちの羽ばたきといった森のささやきに澄んだ響きが優しく溶け合い、作り手と聴き手の境目をやわらかく曖昧にしていくオーガニック・アンビエント空間を創出している。あらかじめ決められた構造を持たず、時間の流れから切り取られた自然の美しさと内省的な響きが調和した繊細な音像が静かに寄り添う好内容作!

Karkossyn名義でのダークな音像で知られるUKの電子音響作家Tavis Hitchcockが、新たなプロジェクトGrandma Loveを始動、一転してノスタルジーや家族との夏の思い出をテーマに掲げたセルフタイトルのデビュー・アルバムが名門〈Constellation Tatsu〉からリリース。色あせたパッドシンセや繊細なパーカッション、フィールドレコーディングに加え、古いホームビデオのVHSから抽出したような音の断片を繊細に構築。夕暮れ時に家へと帰る道すがらや、どこか懐かしい部屋の陽だまりを思わせる、セピア色のチルアウトな音響を見事に描き出している。時間の彼方に消えかけた記憶が、静かに蘇るような、心解きほぐされる好内容な一作!

Karkossyn名義でのダークな音像で知られるUKの電子音響作家Tavis Hitchcockが、新たなプロジェクトGrandma Loveを始動、一転してノスタルジーや家族との夏の思い出をテーマに掲げたセルフタイトルのデビュー・アルバムが名門〈Constellation Tatsu〉からリリース。色あせたパッドシンセや繊細なパーカッション、フィールドレコーディングに加え、古いホームビデオのVHSから抽出したような音の断片を繊細に構築。夕暮れ時に家へと帰る道すがらや、どこか懐かしい部屋の陽だまりを思わせる、セピア色のチルアウトな音響を見事に描き出している。時間の彼方に消えかけた記憶が、静かに蘇るような、心解きほぐされる好内容な一作!

ブリュッセルを拠点に活動し、自身のレーベル〈Maloca Records〉も率いるプロデューサー、フィールドレコーディング作家Le Motelの最新作『Pozo de Agua』は、ベトナム現地録音を用いた前作『Odd Numbers / Số Lẻ』に続き、環境音とコラージュ、エレクトロニクスをシームレスに織り交ぜて作り上げた、どこか遠い場所へと誘うような良質な音響作品。収録曲の多くは移動中の列車内や屋外で制作され、旅先での情景やふとした記憶、情感を素直にサウンドへと落とし込んでいる。水滴の跳ねる音や風の揺らぎといった自然界の音のかけらを楽器と同等に扱い、柔らかな電子音やポリリズム、バレアリック、ニューエイジ的なダウンテンポの質感と精緻に重ね合わせている。繊細なテクスチャーがたゆたう、深みと静寂を湛えたオーガニック・エレクトロニクス秀作!

スウェーデンのサウンドアーティストKlara Lewisによる、フィールド録音、電子音響、アコースティック楽器音の再構築という自身の美学をさらに推し進めた『Opening』。ざらついたフィールド録音が突然リズムへ切り替わり、そのまま別の音響層へ滑り込むように移行する。ウクレレやピアノといったアコースティック楽器は、原型がかすかに残る程度まで解体され、残響のような形で再登場する。低域の塊がゆっくり脈打ち、圧力と抽象的な空間性が同時に立ち上がったかと思えば、微細な粒子が散らばるような音響が広がり、音は常に変形し続ける。〈Editions Mego〉からのリリースらしい、音を歪ませながらも曲として成立させるLewisの手法が新たな段階に達した作品。
Space Afrikaの傑作『Honest Labour』への参加やKlein、Lol Kとの協働でも知られる、ナイジェリア生まれの異彩LA Timpaによるサード・アルバム『Pity By One All Good Treasure』。人生の深いテーマや揺れる感情を曖昧なまま音へと落とし込み、スモーキーな響きと生々しい環境音で包み込んだ極上のアヴァン・ポップ〜ソウルで、アーサー・ラッセルの独創的なソウル感とA.R.ケインの浮遊感を併せ持つ、深く甘美なメランコリーを軸に、デチューンされた弦楽器や多層的なフルート、80年代ノー・ウェーヴや90年代インディーの残り香が混ざり合う幻想的なサウンドを展開。繊細なファルセット・ボイスと曖昧に溶け合うビート構造が、Mica LeviやDean Bluntにも通じる世界観を形作っている。

アメリカ中西部のカジノを舞台に、スロットマシンの音響を生々しく捉えたAdrian Rewによるカルト的名作フィールドレコーディング集『Slot Machine Music, Vol. 1 & 2: Field Recordings from Middle American Casinos』。厳重な警備の目を盗み、コートのポケットに潜ませたレコーダーで2013年から現地に通い詰めて密かに録音されたもので、ゲームデザイナーがハーモニーの調和を図るためにハ長調にチューニングしたという無数のスロットのチャイムや電子音が、意図せずしてニューエイジやJoe Jonesによる瞑想音楽を思わせる優美なドローンとして立ち現れる。警備員とのやり取りや利用者の生々しい歓声、深夜の屋外の虫の鳴き声や貨物列車の轟音までがそのまま収められ、美しさと背中合わせにある狂気と寂寥感を浮き彫りにする極上のサウンドスケープ!

ニューヨークの音響作家Ezekiel Honigが2008年に発表した、ミュージック・コンクレート、アンビエント、ダウンテンポ、ミニマル・ハウスを独自のバランスで編み上げた名作『Surfaces Of A Broken Marching Band』。街のざわめき、遠くの人声、室内の響きといった 都市の微細な環境音を音楽の素材として中心に据え、電子処理や楽器断片と触れ合うことで、近さと遠さが同時に存在する独特の距離感が生まれている。控えめな4/4のパルスが静かな音像にわずかな推進力を与え、アンビエントの漂いとミニマル・ビートがゆるやかに交差する。曲によっては、陰影あるギターがポストロック的なニュアンスを帯びるものも。音を繊細に編み込み、構築というより発見に近い音の展開を生む、現代エレクトロアコースティックの文脈でも再評価されるべき重要作。
〈Resident Adviser〉の「15 East African Artists You Need To Hear」にも選出!東アフリカは、ケニア・ナイロビ出身の要注意なサウンド・アーティスト/プロデューサー、Joseph KamaruことKMRUが、現代実験電子音楽の大名所〈Editions Mego〉から2020年に発表していた名作がリプレス。まさにフィールド・レコーディング・テクニックと電子アンビエンスの奇跡的なミックス!ついうっとりとさせられる耽美に抑制されたサウンドスケープ、限りなく素晴らしいです。今年の3月にカナダ・ケベック州モントリオールへと旅し、コロナ禍で国境が閉鎖されたことでナイロビへと帰国していた最中に制作された一枚。環境音楽的なミニマリズムや静けさを愛でる風趣さえも抽象的なドローン/サウンド・アートのストラクチャーへと落とし込んだ傑作アルバム!Stephan Mathieuの手により〈Schwebung Mastering〉にてマスタリング。
2022年に発表後、廃盤状態が続いていた人気作が待望の2026年リプレスです!アイルランドのカルトレーベル〈Wah Wah Wino〉による、22曲の断片的な録音が連続し、コラージュ、アンビエント、ローファイ実験音響、フィールド録音の破片が同じフレームで扱われる、雑多で奇妙な編集感覚に貫かれたコンピレーション『Kwalk』。カセット的なざらついた音と急に鮮明になる瞬間が交互に現れ、ラジオの周波数を高速で回しているような平衡感覚を失うような音像。静かなドローンの背後に、微細な電子の影 やフィールド録音のノイズがふっと差し込み、アンビエントの静けさとDIYノイズの粗さが自然に混ざり合う。リズムはほぼ不定形で、曲というより音素材の連続として聴こえる。真面目な音響の直後にユーモラスな声ネタや奇妙なサックスが現れるなど、レーベル特有の遊び心も強く感じられる。オリジナル盤が即完した好内容盤が待望の再発!

マルチ奏者、作曲家、プロデューサーのJesse PetersonとLAの大人気パーカッショニストCarlos Niñoを中心とした音楽プロジェクト、Turn On The Sunlightによる、ロサンゼルス、東京、ロンドン、メキシコのサン・ミゲル・デ・アジェンデ、そしてハワイ・マウイ島など、世界各地で録音された素材を編み込んだレイアーが重なり合うアンビエント作品『Iseo』。Laraaji、Mia Doi Todd、Ko Ishikawa、Luis Pérez Ixoneztliなど、国境を越えた多数の音楽家が参加。シンセ、ギター、ツィター、フルート、尺八、声、環境音が柔らかく重なり、オーガニックで呼吸する音楽が生まれている。音は配置されるのではなく、時間の中で自然に沈殿し、混ざり合い、形を変えていく。中心曲「Medianoche En La Calle Aurora」は15分にわたり、光と影のあいだを漂うような静かな変化を描く長編。コミュニティの演奏が生む開放性が強く、個人の作品というより場としての音楽が広がる。静かで温かく、どこか神秘的な一枚。
絶版、最終入荷です。1977年から78年にNHK電子音楽スタジオで制作された、Jean-Claude Eloyの代表作にして大作『Gaku-No-Michi』。日本滞在中に採取した都市環境音、パチンコ店の機械音、駅のアナウンス、雑踏、儀式の声、政治演説などを膨大に取り込み、それらを電子音と融合させて構築した音による旅路を壮大なスケールで描き出す。1979年に一部のみLP化されたが、本作は未発表素材を大幅に加えた完全版として初めて全容を提示する決定的リリース。音響はミニマルでも環境音楽でもなく、都市の音を精神的な体験へと変換するコンクレート的構築。日常と非日常の音が巨大な波のように連続し、変形し、再配置されることで、東京という都市そのものがひとつの音響ドラマとして立ち上がる。静寂と暴力的な音の対比、儀礼的な響き、都市のノイズが織り成す連続的な音の流れは、聴き手を別の精神的地平へ導く。日本の都市文化と欧州前衛音楽が結びつく歴史的タイトル。
1972年から73年にケルンのWDR電子音楽スタジオで制作された、Jean-Claude Eloyによる、精神性、政治性、宇宙観を電子音とコンクレート音で扱ったという代表作『Shânti』。1979年LP版では収録されなかった素材を大幅に追加した完全版で、全141分にわたる長大な音響ドラマ。厚みのある持続音やゆっくりと回転するノイズの渦が、長時間にわたって緩やかに変化し続ける中に、政治スローガン、戦場録音、インタビュー、儀礼的な声といったコンクレート素材が浮かび上がる。静けさの音楽ではなく、精神の内部で起こる葛藤、祈り、記憶、闘争を音で構築する儀礼的電子音響という印象が強い。作品全体が作曲者自身の精神的旅路としての性格を保ちながら、同時に政治性を扱う、欧州前衛電子音楽の文脈にありながら特異な位置を占める歴史的タイトル。

サハラ砂漠以南のオブスキュアな音楽からご当地の知られざる現行アクトまでを紹介してきた、現代でも屈指の発掘レーベル〈Sahel Sounds〉から2018年に発表されていた、西サハラ地域全域で収集したアンビエント解釈可能なフィールド・レコーディング楽曲を収めた画期的ミックステープ作品『Field Recordings from the Sahel』をストック。砂漠のオアシスで人知れず残された声から、深夜のラジオ放送、地方の村落での祈りの呼びかけ、ニジェール川を流れる川船の音まで、レコードに収録される機会の少ない、見過ごされた至福の音楽へのオマージュに満ちた逸品。

ベイルートを拠点に活動し、戦争や社会的緊張の中で「日常の音」を音楽に昇華してきたYara Asmarによるフィールドレコーディングと即興演奏を融合させた幻想的な作品『everyone I love is sleeping and I love them so so much』。アコーディオン、トイピアノ、シンセサイザー、即興的な打楽器に、鳥の声やベイルートの日常の環境音を取り込み、自然と音楽が溶け合った夢のように儚く、親密で内省的な音楽。金属の響きへのこだわりが強く、弓で擦る、爪弾く、こする、打つなど多様な方法で振動を引き出し、柔らかいきらめきと微かなざらつきが同時に立ち上がる。オルゴールやトイピアノの短いフレーズは、古い家の引き出しをそっと開けたような空気を運び、家族の声の断片は、誰かがそこにいた時間を静かに照らす。John Murchison、Gideon Forbesもゲスト参加し、音に厚みを加えている。聴く者を眠りと覚醒の間に誘うような現代的な音像。

1947年、Alan Lomaxがニューヨークのデッカ・スタジオにBig Bill Broonzy、Memphis Slim、Sonny Boy Williamsonらを招き、ブルースの起源と黒人の現実を語り、歌わせた歴史的録音『Blues in the Mississippi Night』。当時、彼らが語った内容、ミシシッピ・デルタの生活、ジム・クロウ法下の暴力、労働キャンプや刑務所農場の実態はあまりに率直で危険だったため、3人は偽名でクレジットされたほど。音楽的には、Broonzyの乾いたギター、Memphis Slimの都会的でありながら土の匂いを残すピアノ、Williamsonの鋭くも祈りのようなハープが交互に現れ、語りと歌がひとつの流れとして続いていく。ブルースの曲というより、土地の温度、身体の記憶、沈黙の重さがそのまま音になったような質感で、語りの後に続く歌は言葉の余韻を抱えたまま響き、音楽が慰めではなく証言として機能しているのがわかる。ブルースの源流と黒人の現実を記録した、音楽史、社会史の両面で価値ある復刻。
Tarab名義で知られるEamon Sprodによる最新作『Foil Void Join Avoid』。都市の床、壁、天井、通路、家具、空調、紙、金属、埃といった日常の周縁にある物質を録音素材として扱い、環境そのものを音の共作者として提示する2枚組作品。自然の美しさを記録するフィールド録音とは対極にある、反自然主義的な都市音響の探求が貫かれている。ここで響く音は、場所の説明ではなく、場所が自ら発する振動そのもの。壁の反射、床の軋み、プラスチックの歪み、空調の低周波が層を成し、都市の内部構造が抽象的な音の圧力として立ち上がる。物質の触覚が強く、金属の擦過音や紙の微細な揺れが、まるで自律的に動いているように聴こえる。録音者が風景を描写するのではなく、環境が勝手に音を発し、聴き手の周囲に空間を形成していくような構造が特徴的。フィールド録音、ノイズ、サウンドアートの境界を横断しながら、都市の忘れられた場所や物質の存在感を音として浮かび上がらせる、現代都市音響。
フランスのサウンドアーティストThomas Tillyが、コロンビア・リオクラロ自然保護区で録音した 洞窟性鳥類グアチャロの巨大コロニーを記録した作品『Birds Measuring Space』。鳥類では極めて珍しい可聴域でのエコーロケーションを持つ種で、その鋭いクリック音や叫び声が洞窟の壁に反射し、空間そのものを測定するような音響現象が立ち上がる。本作は編集や加工を一切施さず、現場で起きている音の構造をそのまま提示する点が特徴。数千羽が渦を巻くように集まる場面では、金属的なノイズが層を成し、自然音の美しさと暴力性が同時に現れる。さらに各トラックの間には、録音の残留ノイズやエコーロケーション信号の断片をネガとして扱った分析パートが挿入され、生物音とデジタル処理の境界が揺らぐ独特の質感を生む。鳥=美しい歌というロマン主義的自然観を批評しながら、自然環境の複雑な物理現象を音として提示する、フィールド録音と音響芸術の交差点に位置する一枚。

オリジナルは2009年リリースの、ピアノ・アンビエント、ポスト・クラシカルの名作として長く愛されてきた小瀬村晶の代表作『Polaroid Piano』が、15周年記念盤で登場。フェルトでミュートしたアップライトピアノをモノラル録音し、鍵盤のタッチ音や椅子の軋み、空気の揺れ、そしてLawrence Englishによるフィールドレコーディングを丁寧に織り込んだ、パーソナルで静かな音のスナップショット。ポラロイド写真というテーマの通り、収められた12の小品はどれも短く、柔らかく霞んだフェルト・ピアノの響きが、まるでソフトフォーカスの写真のように淡く輪郭をにじませる。シンプルなメロディーが静かに反復し、微細な環境音が背景に溶け込む音像は、音楽がその場の空気ごと記録されているかのよう。15周年盤では新たに「Enough Grace」が追加。アルバム全体に温度のある優しい質感が広がる、時間の手触りまで封じ込めたような、長く手元に置きたくなる一枚。
