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1941〜42年頃、国際文化振興会が制作したSP盤シリーズの一部で、戦前の日本で録音された伝統音楽の記録。当時制作された78回転盤は60枚に及ぶ大規模なセットだったが、戦争やその後の散逸で現存するものはごくわずかとなっており、本シリーズは、その失われかけた記録を修復する試みの第一歩であり、日本の伝統音楽の真髄を伝える重要な歴史資料でもある。本作では雅楽と仏教声明に焦点を当てている。World Arbiterのアラン・エヴァンスは「今聴ける雅楽は繊細で壊れやすい印象だが、1941年の演奏には不滅の帝国を背負ったような確かな重みがあった」と語っているが、いまや失われてしまった日本古来の生きた音楽が記録されている。
1941〜42年頃、国際文化振興会が制作したSP盤シリーズの一部で、戦前の日本で録音された伝統音楽の記録。当時制作された78回転盤は60枚に及ぶ大規模なセットだったが、戦争やその後の散逸で現存するものはごくわずかとなっており、本シリーズは、その失われかけた記録を修復する試みであり、日本の伝統音楽の真髄を伝える重要な歴史資料でもある。本作では江戸時代から伝わる琴曲や三味線の大曲、歌舞伎舞踊や人形浄瑠璃に由来する楽曲などが収録されていて、当時生きていた名人たちの演奏を直に聴ける。間といい、流れといい、後世の演奏ではうかがい知れない、当時ならではの本物の空気がここに残されている。
Gareth Quinn Redmond、Méabh McKenna、Ross Chaneyからなる、アイルランドの実験音楽トリオThrowing Shapesによるセルフ・タイトル・アルバム。本作はアイルランドの伝統と現代のエレクトロニクスを融合させた、ジャンル横断的な作品で、そのサウンドの中核を成すのは、アイルランドのワイヤー弦ハープの印象的な音色で、ハープ奏者Méabh McKennaが18世紀の複製ハープも使用し、深く響くテクスチャーを生み出している。ここにRoss Chaneyの繊細なパーカッションや、Gareth Quinn Redmondのモジュラーシンセとエレクトロニクスが互いに干渉せず、しかし絶妙に絡み合い、聴く者に内省的な時間をもたらす。音の隙間や余白が美しく、まるで静かな森の中で音が自然に生まれては消えていくような感覚は、ジャズ、即興、アンビエントの境界を曖昧にしながら、独自の音世界を築いている。

フランス・ブルターニュ地方のケルト・ハープ奏者クリステン・ノゲと英国のサックス奏者ジョン・サーマンによる1998年録音のデュオ・アルバムが〈Souffle Continu Records〉より登場。ブルターニュの伝統音楽と現代音楽を結びつける活動をしていたノゲと、ECMレーベルで知られるような、ジャズとアンビエントの境界を漂うような音楽を作っていたサーマンによる音楽は、伝統音楽、即興、モーダルな“ブルターニュの夜の祭りの音楽”、静けさと実験が交錯する音楽で、まさに唯一無二の響き。伝統曲の断片を引用しつつ、二人のオリジナル曲を中心に構成されており、全体を通して、伝統音楽をキャンバスにしながら、二人が描き出す風景は多彩で詩的。ケルトを超えた自由なインスピレーションに満ちた作品となっている。

フランス・ブルターニュ地方のケルト・ハープ奏者クリステン・ノゲと英国のサックス奏者ジョン・サーマンによる1998年録音のデュオ・アルバムが〈Souffle Continu Records〉より登場。ブルターニュの伝統音楽と現代音楽を結びつける活動をしていたノゲと、ECMレーベルで知られるような、ジャズとアンビエントの境界を漂うような音楽を作っていたサーマンによる音楽は、伝統音楽、即興、モーダルな“ブルターニュの夜の祭りの音楽”、静けさと実験が交錯する音楽で、まさに唯一無二の響き。伝統曲の断片を引用しつつ、二人のオリジナル曲を中心に構成されており、全体を通して、伝統音楽をキャンバスにしながら、二人が描き出す風景は多彩で詩的。ケルトを超えた自由なインスピレーションに満ちた作品となっている。
ベトナム中部高原に暮らすJarai、Bahnar、Ede、Rơngaoなどの少数民族による伝統音楽を収めたコンピレーション・アルバム『Music From the Mountain People of Vietnam』。Jarai、Bahnar、Ede、Rơngaoといった民族の伝統的な演奏を、現地でのフィールド録音によって収録した本作は、旋律や構造よりも、音色の揺らぎやリズムの呼吸に重きを置いており、極めて素朴でプリミティブだが鮮烈な印象を残す。収録されているのは、竹製打楽器や弓琴、銅鑼、ギター、そして声といった限られた音素材による演奏で、シンプルでありながらその響きは驚くほど豊か。まるで山間の集落に流れる時間そのものを聴いているかのような空気は、音楽というよりも音の営みに近く、耳を澄まさなければ聴こえないような静かな音は、都市の喧騒から離れ、音楽の原初的な力に触れたいと願うリスナーにとって、耳で旅するための最良のパスポートとなっている。これまでも、ミャンマー、ラオス、インドネシアなどアジア各地のローカル音楽を記録してきた〈Sublime Frequencies〉による、ベトナムの少数民族文化に深く踏み込み、消えゆく音の風景を丁寧に掬い取った一枚。現地に溶け込んで撮られた写真と詳細なライナーノーツが付属し、音だけでなく背景にある生活や文化への理解も促してくれる構成となっている。
1941〜42年頃、国際文化振興会が制作したSP盤シリーズの一部で、戦前の日本で録音された伝統音楽の記録。当時制作された78回転盤は60枚に及ぶ大規模なセットだったが、戦争やその後の散逸で現存するものはごくわずかとなっており、本シリーズは、その失われかけた記録を修復する試みであり、日本の伝統音楽の真髄を伝える重要な歴史資料でもある。本作に収録されているのは、能楽、琵琶、尺八の伝統音楽で、琵琶は、盲僧琵琶、薩摩琵琶、筑前琵琶をバランスよく紹介し、尺八は、普化尺八、琴古流尺八、都山流尺八、民謡尺八の四つの種類の尺八音楽となっている。明治以前から活動していた師匠に学んだ能楽の大家たちの演奏も含まれており、間といい、流れといい、後世の演奏ではうかがい知れない、当時ならではの本物の空気がここに残されている。

ペルーのフィールドレコーディング作家・映像作家Hánkel Bellidoによる、アマゾンの深奥から届いた音響記録『Yavireri: Los que viven en lo profundo』が〈Death Is Not The End〉より登場。本作はペルー南東部ウルバンバ川下流域のマツィゲンカ族のコミュニティと、Hánkel Bellidoが2年間にわたり共存しながら録音したフィールドレコーディング作品。夜明けの歌、子守唄、鳥との対話、死者への別れの歌、神への祈りなど、日常の営みと霊的な感覚が音として記録されており、民俗音楽の再現ではなく、生活そのものの音の証言となっている。アマゾンの深奥で精霊と暮らす音であり、耳を澄ませば、森の奥で生きる人々の時間と空気が、静かに語りかけてくる一本。

ペルー南部アヤクーチョ出身のギタリスト、作曲家、教育者であるAlberto Juscamaita GastelúことRaktakoによる、1930〜1940年頃の未発表ホームレコーディングを収めた貴重な音源が〈Death Is Not The End〉より登場。Raktakoは、Huaynoと呼ばれるアンデス地方の先住民音楽とスペイン植民地時代の影響が融合して生まれた伝統音楽のギター表現を独自に発展させた人物で、彼の演奏は、アンデス・ハープの調弦や指使いをギターに取り入れ、さらにスペインのリュート、ヴァイオリン、アコーディオンなどの奏法を融合させたユニークなスタイルを特徴としている。本作は、彼の最後の弟子であるGustavo Yashimuraが2022年に発掘・提供した音源をもとに構成されており、簡素な機材で録音されたにもかかわらず、アヤクーチョ地方の音楽的・文化的記憶を鮮やかに伝える内容となっている。

コロンビア太平洋沿岸部のアフロ・コロンビアン・コミュニティに伝わる葬送儀礼の歌を記録した貴重なフィールド録音作品『Alabaos y Gualíes: Dirges and Funeral Rites in the Afro-Colombian Pacific』が〈Death Is Not The End〉より到着。死を「終わり」ではなく「魂の旅の始まり」と捉える彼らの文化において、Alabaos(哀歌)とGualíes(祈りの歌)は、亡き人への敬意と共同体の絆を音楽によって表現する重要な手段となっている。収録されているのは、子どもの魂を導く「gualí」、大人のための「alabao」、そして墓を起こす儀式「levantamiento de tumba」といった、死者の魂を来世へと送り出すための歌と祈り。コール&レスポンス形式の歌唱、魂を揺さぶるような力強いチャント、打楽器によるリズムなど、黒人霊歌やゴスペルの源流を感じさせる霊性が宿る。カセットテープというフォーマットも相まって、現地の空気感や儀礼の臨場感がそのまま封じ込められており、音楽の持つ偉大さを改めて実感させてくれる作品となっている。
イギリスのフォーク歌手シャーリー・コリンズが22歳のとき、1958年春に録音した伝統的なフォークソングをシンプルかつ誠実なスタイルで歌ったデビュー・アルバム、『Sweet England』が〈Moved By Sound〉より再発。彼女は当時、民俗音楽研究家アラン・ローマックスと共に暮らしながら、編集助手として彼の書籍やフィールド録音に関わっていた。録音はローマックスとピーター・ケネディによって、ロンドンのベルサイズ・パークにあるピーターの自宅スタジオで2日間にわたり行われた。本作では、彼女の朴訥とした歌声と最低限の伴奏が、古くから口伝で伝えられてきたイングランドのバラッドや労働歌、恋愛歌のもつ静かな力を際立たせている。シャーリー自身にとって、これらの伝承歌は音楽的・感情的に深く響く存在であり、このアルバムは、人生をかけて探求していくことになる「イギリス民謡」という大きな旅の「最初のおぼつかない一歩」だったという。伝統的な歌のよさが伝わってくる一枚。
1941〜42年頃、国際文化振興会が制作したSP盤シリーズの一部で、戦前の日本で録音された伝統音楽の記録。当時制作された78回転盤は60枚に及ぶ大規模なセットだったが、戦争やその後の散逸で現存するものはごくわずかとなっており、本シリーズは、その失われかけた記録を修復する試みであり、日本の伝統音楽の真髄を伝える重要な歴史資料でもある。本作には座敷芸としての三味線音楽や、関西を中心に発展した地歌、複数の歌を組み合わせた組歌などを収録している。間といい、流れといい、後世の演奏ではうかがい知れない、当時ならではの本物の空気がここに残されている。

あまりに独特な音楽性で知られるジャワ島バンドン出身のマルチ奏者テスラ・マナフと打楽器奏者リオ・アブロールによるデュオKUNTARIによるアルバム『MUTU BETON』が登場。本作は、伝統音楽、スラッジメタル、ノイズ、ジャズ、ミニマル、ダークアンビエントなどを大胆に掛け合わせ、動物の鳴き声や民族打楽器、微分音による響きを取り入れた、野生的で大地に根ざした音楽。現地楽器を用いたゾウやオランウータンの鳴き声のような音、ポリリズムと動物的なうめき声、インダストリアル・ノイズ、地元のトランス儀式を再現するような呪術的雰囲気とグラインドコア風のギターとの交錯など、歴史・土地・民族・動物・宗教・テクノロジーといった要素をひとつの身体的かつ精神的なサウンド体験として統合した異形の傑作。
「ヴァシュティ・バニヤンを例に出したくなる英国自主フォークのような質感の琴とハープのアンサンブルに伝統的な歌唱法による自作自演の歌、エレガントな笙のドローンが重なる、信じられない和洋の折衷。「西洋化」「近代化」「ポップス化」「洗練」という言葉は決して雑に扱うべきではないが、この雨田光平の「新春譜」は伝統・土着と西洋音楽それぞれへの距離の取り方において、考えうる最高レベルの古今東西融和の成功例であり、我が国にも「パッタナー」(※タイ語で変革、発展の意)が在ったことを示す証拠となる1曲だ。あと数年後には「日本のポップス史」を扱う本の第一章にはこの曲の記述が載ることになるだろう。つうか載ってるべきでしょう!」(俚謡山脈)
「新春早々、実は食えないニセのおせち料理を食わされった!って悪夢が満載です!! …でもオイシイでしたね!」(中原昌也)
「とても昭和30年に作曲された作品とは思えない。新春のヒリッと張り詰めた清らかな凛とした空気の中を、柔らかにほぐされ、ゆっくりと呼吸しながら、その瑞々しさを少しずつ身体に浸透させながら、身を清めてじっくりと浄化されるかのような、そんな音の処方箋的メディテーショナルな響きと心地よさに完全に魅了されてしまった。めくるめくミュージックコンクレート的な場面展開ストーリーテリング、エレクトロニクス・ダウンテンポ・アブストラクト・ダビーなSUGAI KENによる伝統への愛情伝わる和イマジナリー・コズミックなリワークとの対比も非常に興味深く面白い。」(COMPUMA)
EM Record's release of little known koto auteur Kōhei Amada continues the label's tireless mapping of multi-hued human expression, sitting outside genre convention and confusing record store clerks everywhere. "Shinshunfu" is sectioned into two parts: a more recognizable duet between koto and Irish harp, and a complete 180 into an elongated vocal piece repellent with droning shō and taiko drum bass hits. This concoction brings up familiar scents: Lou Harrison's small ensemble harp pieces, or a Japanese recasting of the Medieval troubadour songs performed by transcultural-minded early music groups like Studio der frühen Musik or Hespèrion XXI. Yet these comparisons are merely abstract, "Shinshunfu" exists at a crossroads, a form both distinctly Japanese and distinctly "other", a complex blend of folk strains that is deep with emotional resonance and hard to place even for aficionados of Japanese traditional music.
Sugai Ken's rework renders the source material almost unrecognizable, pushing even further in the non-deterministic, GRM-like meta-concrète direction of his recent work, jump-cutting in high definition between synthetic birdsong, haunted vocoded voice and arresting, back-of-the-head foley. Of "Shinshunfu", only the drone of the shō and the occasional taiko hit appear in plain view. The exploration sits comfortably in the idiosyncratic sound world that Ken has been prolifically constructing for himself in the last few years (what he has come to call "Japanese electronic-folklore"), just as brilliant as one would expect. (Spencer Doran/Visible Cloaks)
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「考えうる最高レベルの古今東西融和」(俚謡山脈)を人知れず成し遂げていた幻の傑作であり、現代のアーティストや作家達を惹き付けてやまない秘曲、京極流箏曲「新春譜」。作者、雨田光平の貴重な自演と電子音楽の名工、SUGAI KENによるリワークをカップリングしてお届けする必殺の1枚。
<京極流>は明治に創設された箏曲の流派であり、その二代宗家である雨田光平は福井県生まれの彫刻家/画家/作曲家で、日本に本格のハープ奏法(注記)を持ち帰ったハープ奏者でもある。京極流は箏曲界のスーパースター、宮城道雄らの「新日本音楽」に先立ち(※雨田と宮城は親交が深かった)、黛敏朗、諸井誠、武満徹らが台頭するよりも前、歌唱と演奏の両方で古今東西の均整の取れた合体に成功していた驚くべき例で、誤解を恐れず字義のまま言えば日本式<シンガー・ソングライター>の始原といえる。
この「新春譜」は画家・青木繁の描いた古の神々のイメージを創作源に、雨田が昭和30年頃に作曲し、京極流箏曲が福井県無形文化財に指定された後、昭和45年に出版した自主制作LP収録のヴァージョンで、琴、笙、ハープを含めた6名で合奏・歌唱したものだ。
対するSUGAI KENのリワークは現代音楽/RVNG/HIPHOPをメビウスの環のようにつないだ作品で、リワークというよりはもはやオリジナル新曲と言っていい。
京極流箏曲と「新春譜」を考察した切れ味鋭い解説も必読!

〈VDE-Gallo〉から1993年にCDでリリースされ長らく廃盤となっていた、あらゆる伝統音楽の記録の中でも最高のものの一つ、中央アフリカ、グバヤ族によるサンザ(親指ピアノ)のアルバムが初のLP再発。オリジナルCDは、民族音楽学者ヴィンセント・ドゥーによって1977年に録音され、スイスのジュネーヴ民族学博物館(Musée d'ethnographie de Genève, MEG)の「国際民俗音楽アーカイブ(AIMP)」シリーズの第27巻(AIMP XXVII)としてリリースされた『Centrafrique: Musique pour sanza en pays gbaya(中央アフリカ:ゲバヤ人のサンザ音楽)』で、今回はその中から8曲が抜粋して収録されている(視聴ファイルはCD版のもの)。この度、ジュネーブ民族学博物館(MEG)で開催される展覧会「Afrosonica - Soundscapes」に合わせてめでたく再発となった。内省的な「思索の歌」とも言うべきレパートリーが収録されており、サンザとシェーカーと呟くような歌のみで演奏される親密な音楽は、その構成のシンプルさからは到底信じられない奥深い音世界。虫の声や森の響きがひきたてる静寂の中で、リズムにおいても、音色においても異なるものがお互いを支えあって調和しており、さまざまな要素が渾然一体となり、一粒一粒の音がまるで生まれるのを待っていたかのように姿を現わしてくるさまはとてもリアルでダイレクトな感触。なにもないアフリカの田舎の村で、自然とともに生きていた人たちの音楽だと思わずにはおれません。普段は民族音楽を聴かない方にも手にとってもらいたい名盤。レコードの音質でぜひ!豊富なライナーノーツと写真を収めた6ページのインサートが付属。
