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チェロのJudith HamannとオルガンのJames Rushfordによる、古楽の旋律の断片と現代音楽的アプローチが交差する室内音響作品『Midmeste』。スイス・サン=ヴァレール大聖堂の15世紀オルガンをはじめ、複数のオルガンとチェロを素材に、倍音の揺らぎや微細な音の重なりを丁寧に編み上げていく40分の長尺作品で、チェロは線のように細く伸び、木質の響きを残しながら、オルガンの息づかいと寄り添うように進行する。旋律というより、空間の圧や響きの変化が音楽の中心にあり、ときに古楽的な和声がふっと姿を見せる瞬間がアクセントになっている。静けさと緊張が同居する音の配置は、室内楽とサウンドアートの境界を自然に往復するかのよう。

Strata‑Eastを代表する名ピアニストStanley Cowellが、父への追悼を込めて録音したソロ作品『Musa: Ancestral Streams』。1973年NYの静かな空気をそのまま封じ込めた本作は、スピリチュアル・ジャズの精神性をピアノ独奏で表現したレーベル屈指の名盤。全編ほぼソロピアノで構成され、Cowellのタッチは非常に繊細。音を詰め込むのではなく、余白を大切にした語り口で、一音一音が空気に溶けるように響く。静けさの中に精神的な深さと高揚感が同居しているのが印象的。唯一のデュオ曲「Travelin’ Man」では、カリンバの素朴な響きとエレピの柔らかいトーンが重なり、アフリカン・ルーツとモダンジャズの橋渡しのような独特の質感を生む。静かな祈りと深い内省のスピリチュアル・ソロピアノ作品の金字塔。

シーンの枠組みを越えて巨大なリスペクトを浴びる我らがジム・オルーク。インディ系大名門〈Drag City〉から1999年に発表した傑作『Halfway to a Threeway』が、待望の初ヴァイナル再発!
『Eureka』、『Insignificance』と並ぶJim O’Rourkeのソングライティング黄金期に位置し、フォーク、クラシック・ロック、ジャズ、そして前衛音楽的感覚を絶妙なバランスで共存させた至高の内容で、シカゴ音響派シーンで培われた感覚と、70年代SSWへの愛情が独自のかたちで結実した名作。穏やかで親しみやすいメロディ、柔らかなアコースティック・ギター、緻密なアレンジ、その裏側でユーモア、皮肉、倒錯的とも言える感覚が静かに顔を覗かせ、甘美なポップソングの輪郭を少しずつ歪ませていくJim O’Rourkeならではの知性とシニカルな側面が同居した、唯一無二かつタイムレスな珠玉のポップ・ミュージック。

Natural Information Societyを率いるJoshua Abramsが、Lisa Alvaradoの展覧会Pulse Meridian Foliationのために制作した音響インスタレーション。2本のヴィオラ、ハーモニウム、電子音という極めて限定された編成で、空間そのものを音にするというコンセプトが貫かれている。ヴィオラは互いを補完するように響き、倍音が重なりながらゆっくり螺旋的に上昇。ハーモニウムは地層のような厚みを生み、電子音が空気の中に拡散していく。アコースティックとエレクトロニクスの境界が曖昧になり、音が空間に溶けていくような質感が続く。展覧会では4chでループ再生されていた音響作品で、LP版でもその性質は保たれ、展開よりも変化し続ける持続によって、静かで深い知覚の変化が自然に訪れる場ともいうべき内容。展示空間との対話から生まれた、Abramsの新たな音響的アプローチを示す重要作。

Sun City Girlsのギタリストとして知られるSir Richard Bishopが、前作『Hillbilly Ragas』に続いて提示する最新作『Hillbilly Erotica』。 John Faheyが名付けたアメリカン・プリミティヴの系譜に連なりながら、より野性的で土着的なアメリカ音楽の影を探る、独自の再解釈を施した作品で、アコースティック・ギター1本、オーバーダブなし、ほぼ全曲が即興という極端なシンプルさの中で、文化の断片を縫い合わせるように音を紡いでいく。ヒルビリー、ブルースの素朴な語法を下敷きにしながら、ラーが、中東旋法、独自の野性的なフレーズが入り混じる。本人が語るように、夜の森から抜け出して朝の光が差すような瞬間がある一方で、その光の裏にはすぐ闇が潜んでいる。静けさと緊張が同居する、官能的なギターの風景。

Sun City Girlsのギタリストとして知られるSir Richard Bishopが、前作『Hillbilly Ragas』に続いて提示する最新作『Hillbilly Erotica』。 John Faheyが名付けたアメリカン・プリミティヴの系譜に連なりながら、より野性的で土着的なアメリカ音楽の影を探る、独自の再解釈を施した作品で、アコースティック・ギター1本、オーバーダブなし、ほぼ全曲が即興という極端なシンプルさの中で、文化の断片を縫い合わせるように音を紡いでいく。ヒルビリー、ブルースの素朴な語法を下敷きにしながら、ラーが、中東旋法、独自の野性的なフレーズが入り混じる。本人が語るように、夜の森から抜け出して朝の光が差すような瞬間がある一方で、その光の裏にはすぐ闇が潜んでいる。静けさと緊張が同居する、官能的なギターの風景。

エチオピアの伝説的な作曲家エマホイ・ツェゲ・マリアム・ゲブルの作品を、初めてピアノと弦楽アンサンブルで演奏した『Emahoy Tsege Mariam Gebru
played by Maya Dunietz & String Ensemble, Live in Paris』が〈LATENCY〉より登場!本作は、彼女の「ピアノだけでなく、もっと広い解釈で自分の音楽が演奏されてほしい」という願いを叶えるかたちで実現したもので、企画を主導したのは、エマホイと親交のあったイスラエルの音楽家マヤ・ドゥニエッツ。2005年にロンドンのレコード店で『Éthiopiques』シリーズの一枚を偶然手に取り、興味を持ったことがきっかけで、彼女と指揮者イラン・ヴォルコフはエマホイを探し出し、エルサレムの修道院で対面。その後エマホイ本人から、何百もの楽譜を託され、世界に広めてほしいと頼まれるようになる。このプロジェクトは、楽譜集の出版(2013年)や国際的な演奏活動として広がり、エマホイが生前に語った「自分の曲をオーケストラで聴いてみたい」という夢も受け継がれる。今回のアルバムはその夢の延長線上にあり、2024年4月、パリのブルス・ド・コメルスで行われた2公演の追悼コンサートで録音された。元々エマホイの音楽は、静かでミニマル、それでいて感情の深みを湛えた独特の響きを持っているが、今回のアレンジではより広がりのある音の空間として再構築されている。あくまでエマホイの音楽の核心──孤独、信仰、そして遠い記憶のような郷愁──を崩さないように細心の注意が払われており、沈黙や余白を大切にした祈りや瞑想に似た時間感覚をそのままに保った静かな再解釈。彼女の音楽に新たな光を当てながらも、決して眩しすぎず、ただそこにそっと在るような響きが素晴らしい。限定300部

1990年にリリースされた、Yo La Tengoによるアコースティック主体のルーツ回帰アルバムとして制作された名作『Fakebook』。60年代ポップ、アメリカン・ルーツ、ガレージ/R&B、アウトサイダー・フォークなど、彼らのルーツをそのまま示す幅広い音楽性の11曲のカバーと5曲のオリジナルで構成され、ノイジーな初期作から一転、温かく親密なアンサンブルがアルバム全体を包み込む。Dave Schrammのギターを迎えた編成は、アコースティックギター、ウッドベース、柔らかなドラムが中心。まるでリビングで演奏しているような、手触りのあるフォークロックに仕上がっている。淡いメランコリーと優しさが同居する、Daniel Johnston「Speeding Motorcycle」、John Cale「Andalucia」のカバーなど、派手さはないが、何度でも帰ってきたくなる音が続くアルバム。

電子音響・ダブ・実験音楽の領域で常に革新的な作品を生み出してきたVladislav Delayが、アコースティック編成のクインテットという新たなフォーマットで提示する最新作。トロンボーンやクラリネットのロングトーン、ベースのうねり、パーカッションの粒立ちが混ざり合い、アコースティックでありながら、Delayの電子音楽的美学がそのまま転写されたような音響空間が広がる。リズムは明確な拍を刻むのではなく、ゆっくりと膨らんだり収縮したりしながら、音の流れそのものを形づくる。旋律は断片的に現れては消え、和声は背景として漂うだけで、曲の構造は常に変化し続ける。ジャズの即興性と、現代音楽のテクスチャー感覚、そしてDelayの持つ時間操作のセンスが、アコースティックの身体性と結びついた、電子音楽の革新者が、アコースティックのクインテットという制約の中で、逆に自由度の高い音楽を生み出してしまった、驚きに満ちた作品。

デトロイトの知られざるソングライティングの天才Ted Lucasのキャリア全体を俯瞰する初の本格的レトロスペクティブ。1965〜1979年の未発表、レア音源を体系的にまとめた構成になっており、Spike DriversやMisty Wizardsなどのサイケ期、唯一正式にリリースされたソロ・アルバム1975年作『OM』へとつながるアコースティック期、そして長らく失われたセカンド・アルバムと語られてきた1979年録音「Impossible Love」を収録。60年代のバンド音源は、デトロイト・サイケ特有の霞がかった色彩とアシッド感がそのまま封じ込められ、70年代初頭のソロ音源では、Lucasの代名詞ともいえる内省的フォーク、スピリチュアルな静けさが際立つ。一方、79年音源は驚くほどスムースで、シティポップにも通じる洗練を見せるなど、Lucasの多面性が鮮やかに浮かび上がる。
抜群のソングライティングと透明感溢れる歌声、アコギ+αの洗練されたアレンジ、そして2人がたたずむ空気感。全てがパーフェクトな傑作アルバム!
MONO NO AWAREの玉置周啓(Vo.)と加藤成順(Gt.)によるアコースティック・ユニットMIZが2020年にリリースした1stアルバム『Ninh Binh Brother's Homestay』。本作は過去に玉置が旅をして昔の日本の情景を感じた地、ベトナムにてレコーディングを敢行。自然がおりなす絶景や、そこに漂う時間の中から立ち昇る現地の空気や匂いをパッケージした、プリミティブで美しいアコースティック・サウンドの全10曲を収録。数多くのリクエストを受け、ついに再販決定!

Fuubutsushiのコア・メンバーとしても絶大な支持を集める、アメリカの音楽家Chaz PrymekとM. Sageによるデュオが、6年ぶりに届けた最新作『Shelter』。コロラド州の山間にあるM. Sageの新スタジオで録音された本作は、ギターとピアノのファーストテイクの即興を中心に据えた、親密で穏やかなアンビエント作品。エレキギターの柔らかな残響と、ピアノの静かなタッチが寄り添うように重なり、そこへスライドギター、アコーディオン、クラリネット、リコーダー、控えめなシンセが淡く色を添える。アメリカーナの牧歌性と室内楽の静謐さが溶け合い、山の風景をそのまま録音したようなパストラルな音世界が広がる。即興性の高さと音の余白はアンビエント・ジャズや ECM 系の静けさにも通じ、時間がゆっくりと流れていくような、心地よくも成熟した対話。

ニューヨークを拠点に活動するシンガー/マルチ・インストゥルメンタリスト、ピアニストのエリアナ・グラスのファースト・アルバム『E』が〈Shelter Press〉より登場!本作は、ヴォーカリストとしてクラシックの訓練を受ける前に、両親のピアノの下に座って耳で弾くことを覚えたという、グラスの幼少期の思い出を呼び起こす作品であり、カーラ・ブレイやアネット・ピーコックといったレフトフィールド・ジャズやフリー・インプロヴィゼーションの巨匠たちへの尊敬の念、シビル・ベイヤーのような儚い美しさを感じさせつつも、特有の瑞々しく自然体のサウンドによってフィルターされている。オフビートで探し求めるような質感と、詩的で畏敬の念を抱かせる音域を交互に奏でていくような、彼女自身が「日常生活の凝縮」と表現する、ほろ苦く、はかなく、まばらで瞑想的な音楽!エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゲーブルーと彼女の2006年のコンピレーション『Éthiopiques』への物憂げなオマージュである"Emahoy"も収録!

カナダ出身の実験音楽家、作曲家、サウンドアーティストKara-Lis Coverdaleが、静かな森に囲まれたカナダはヴァレンズのスタジオで、冬の深い静寂の中、ひとりでピアノに向かいあい生まれたソロ・アルバム『A Series of Actions in a Sphere of Forever』が〈Smalltown Supersound〉より登場。本作は「抵抗」「共鳴」「空間」をテーマに、ピアノの音が静かに、でも鮮やかに空間に広がっていく様子を丹念に描いた作品集で、音が永遠に続く球体のように、ゆっくりと、たゆまず変化し続けるような感覚に包まれる。ピアノの弦や共鳴の仕方、一つ一つの音が空間にどう広がっていくか、消えゆく響きの揺らぎに深く耳を澄まし、旋律やリズムではなく、音そのものの質感や余韻、倍音の重なりを丁寧に捉えていくアプローチで、聴き手は音楽を聴くというよりも、むしろその中に身を置くようにして味わうことになる。夜のピアノ、透明な空気、音と沈黙が対等に存在する空間を描いた、孤高の溶々たる音楽体験!

フランスの音楽家Mauricio Amaranteと、ダンサー、パフォーマー、ライターとして活動するMarine Debilly Cerisierによるデュオ作品。〈Okraina Records〉が手がける単発の輝きを放つアンダーグラウンド作品シリーズの一環として、限定300枚でリリース。アコースティック・ギターや鍵盤、素朴なパーカッションを中心に、フランス語の語りと歌が静かに交差する。70年代初期のブリジット・フォンテーヌやアレスキ周辺の幻視的シャンソンを思わせる、語りと歌のあいだを揺らぐ独特の声の存在感が印象的。音数は少なく、沈黙や余白が大切に扱われ、まるで短編映画のワンシーンのように情景が立ち上がる。Cerisierの本業であるダンサーとしての間や呼吸の感覚が、音楽的な沈黙や余白として見事に翻訳されており、また、Amaranteのギターやパーカッションも、その身体的な揺らぎに呼応するように配置されている。単なる伴奏を超えた対話のようで、静かで親密、そしてどこか夢のような時間が流れる、美しいアコースティック・シャンソン。
1972年リリースのニック・ドレイクの遺作『Pink Moon』。深夜のわずか2日間で録音された、声とアコースティックギターを中心にした極限まで削ぎ落とされた作品。プロデューサーはエンジニアとしても名高いJohn Wood。ニック自身の意向で、ゲストミュージシャンやストリングスは一切なし。唯一のオーバーダブは、タイトル曲「Pink Moon」でのピアノのみという徹底ぶり。圧倒的な親密さと、静けさの中に深い感情が流れる独自の世界で、「Place to Be」「Things Behind the Sun」など、後に多大な影響を与えた名曲を多数収録。孤独な魂による、祈りのような、あるいは静かなあきらめのような、永遠の余韻を持つ一枚。180グラム重量盤、オーディオファイル・エディション!

バンダラル・ンガドゥ・デルタの女王による、オーストラリア先住民のブルース、カントリー、ゴスペル。広く愛されるワルマチャリ族の長老であり、教師、人権擁護者、環境活動家であるKankawa Nagarraの録音を収録したアルバムが、〈Mississippi Records〉と〈Flippin Yeah Records〉により共同リリース。北西オーストラリアのグーニヤンディ族とワルマチャリ族の伝統的な土地に生まれ、文化的儀式で部族の歌に洗礼されながら育ったカンカワ。家族から離れて宣教師になったとき、彼女は聖歌隊から賛美歌とゴスペルを教わりました。彼女が働くために送られた牧場のリースでは、カントリー・ミュージックがいたるところにあり、駅の蓄音機では初めてロックンロールを耳にすることに。そして、それから何年も経ってから、西オーストラリア州ダービーの店の外で立ち止まって、路上ミュージシャンの演奏を聴いた時に出会ったブルースの演奏に目覚め、これらを曲にしていくことになったようです。故郷である西オーストラリア州ワンカチュンカ近くでライブ録音されたこれらの12曲は、夜の虫の羽音と昼間の鳥の鳴き声をバックに、カンカワの音楽経験全体の断面を提供するものとなっています。人生の苦難と彼女が大切にしている土地の略奪についての、ユーモラスで温かくリアルなレコード。アーティストによる翻訳、ストーリー、トラックノートを掲載した4ページのブックレットが付属。
Jess Sah Biの幻のゴスペルアルバム『Jesus-Christ Ne Deçoit Pas』がついに再発!!1980年代に西アフリカでカントリー・アメリカーナを広めた伝説のデュオ、Jess Sah Bi & Peter One。その片割れであるJessが、1991年に発表していたソロのゴスペル作品『Jesus-Christ Ne Deçoit Pas(イエス・キリストは失望させない)』が、長らく埋もれていたマスターテープの発掘を経て、アフリカ音楽の偉大な再発レーベル〈Awesome Tapes From Africa〉より登場!このアルバムは、彼が病に倒れ、回復した経験を通して“神への感謝”を音楽で表現した作品で、現地の牧師のつてで集められたアメリカ人ミュージシャンたちが、Jessの歌にそっと寄り添うようにアコースティック・ギターやキーボードを加え、全体は非常にミニマルで温かみのあるフォーク・ゴスペルに仕上がっている。派手なコーラスや大きな展開はなく、むしろその簡素さが、Jessの語りかけるようなフランス語/グロ語の歌声や、繊細に爪弾かれるギターの響きに、自然と耳を傾けさせる、スピリチュアルで深みのある内容になっている。西アフリカの精神性とアメリカ南部の空気が静かに交差する、素朴で深遠な祈りの音楽!!

ノルウェーのアコースティック即興カルテットOkerが、完全即興にフォーカスした3作目『aerial』。トランペット、アコースティックギター、ダブルベース、パーカッションという生楽器のみで構成されながら、音は演奏というより現象として立ち上がり、絶えず形を変えていく。収録は20分超の「Equinoctial Tide」と「Crepuscular Rays」の2曲で、タイトルが示す通り、光や風、薄明、潮の満ち引きといった自然現象の振る舞いを音で再現するようなアプローチが特徴で、微細な擦過音、息のノイズ、持続音がゆっくりと重なりながら、環境音と音楽の境界を曖昧にしていく。即興でありながら自然の運動を思わせる有機的な流れが全編を貫く、音がどこまで自然に接近できるかを試みるかのような一枚。

版元完売最終入荷です。John Fahey~Harry Partch、Laraajiのファンにも!弦楽器の世界的なデザイナー/ビルダーとしても知られる米国のウィリアム・イートンによって、1978年に1000枚限定で自主プレスされたファースト・アルバムにして、本邦の名門〈EM Records〉からCD化も為されている大傑作が初となるヴァイナル・リイシュー!
グラミー賞ノミネートでも知られるネイティブ・アメリカンのフルート奏者、Robert Carlos Nakaiとのコラボも知られる同氏。本作には、タイトルや情報が記載されておらず、ジャケットの隅に小さく「ウィリアム・イートンの音楽」と書かれているのみで、すべて自作の弦楽器によるほぼ即興の演奏を18篇収録。卓越した自然観を土台に、ジョン・フェイヒーら〈Takoma〉ファミリーの音楽から、ブライアン・イーノのアンビエント、北米大陸の原始のフォークロアが美しく溶け合った珠玉の一枚。
シーンの枠組みを越えて巨大なリスペクトを浴びる我らがジム・オルークがインディ系大名門〈Drag City〉から2009年に発表していた、最高傑作とも呼ばれるタイムレスな名盤。ギターやベース、ピアノはもちろん、ドラムや管弦楽器にいたるまで、すべての楽器が本人により演奏されている。

カナダの音楽家ジョセフ・シャバソンとニコラス・クルゴヴィッチ、そして日本のテニスコーツによるコラボレーション・アルバム『Wao』。事前に完成曲を用意せず、ツアー中の滞在先でアイディアを持ち寄り即興的に録音。神戸の築100年を超える洋館「旧グッゲンハイム邸」で2日間にわたり収録された。シャバソンのサックス、クルゴヴィッチのメロウな歌声、テニスコーツのさや&植野隆司の繊細なヴォーカルが融合。アンビエント、フォーク、ジャズの要素を横断し、親密で柔らかな音響世界を生み出している。ゑでぃまぁこんのゑでゐ鼓雨磨もゲスト参加。

「ホーム・ビフォア・ダーク」はエム・レコードの再発で知った大好きな曲。この曲を、大好きなバンドゑでぃまぁこんがカバーしたら最高だろうな、と思っていたらやはり最高!夢が叶いました。」(坂本慎太郎)
ゑでぃまぁこんが、ノラ・ガスリーの名曲を、坂本慎太郎とゑでゐ鼓雨磨の共作オリジナル日本語詞でカヴァーした、良き出会いの繋がりが生んだ二重三重の夢の結晶。トルソ(TORSO)によるドリーミー管弦楽リコンポジション版をカップリングした夢のWサイダー。(ポップスの神様はまだ日本にいらっしゃいました。)
ノラ・ガスリーのたった1枚のシングル「Emily’s Illness c/w Home BeforeDark」(1967年)は、2009年の復刻リリース以来、マニアの秘匿曲を越えて内外に拡がりました。当初は、19世紀アール・ヌーヴォー的耽美をビーチボーイズ『Pet Sounds』風のサウンドで綴った美しい奇曲「Emily’s Ilness」推しだったのですが(※1)、しだいにB面曲「ホーム・ビフォア・ダーク」がミュージシャン達を魅了しはじめ(※2)、伝えられるところではエゴラッピン、ティーンネイジ・ファンクラブ、テニスコーツ & yumboがライブで取り上げて流布していった模様。しかし、まさかこのような予想もしない素晴らしい録音に出会えるとは!!本作は、もともと坂本慎太郎の発案で、ゑでぃまぁこんバンドでプライヴェート録音したもの(同氏の「P」審美眼にリスペクト)。公開目的ではなかったこの隠密録音の噂がエムに届き、長きにわたる円(縁)のループが繋がったような作品をお届けすることになりました。装丁画はゑでゐ鼓雨磨。
=カップリング曲秘話=
カップリング曲の制作は元曲を知らないトルソに打診し、ゑでぃまぁこん版のヴォーカルと旋律楽器パートを抜いたベーシックトラックを渡して、ほとんど目隠し状態でのリコンポジションを依頼(制作中はググり禁止)。当初はシンプルにOrieとKenjiの演奏を被せた合奏で……という趣旨でしたが、この無茶な実験要求に応えたトルソは、最終的にベーシックトラックをも抜きとった叛逆的かつ優雅なリコンポジションを送りつけてきて、このオリジナル曲の出来栄えに一同平伏!
注釈:
1)「Emily’s Illness」は、19世紀アメリカの詩人、エミリー・ディキンソンへのトリビュートと思われる。
2)ガスリーと作者エリック・アイズナーは当時アストラッド・ジルベルトの大ファンだった。初期アストラッドのたどたどしいボサノヴァ歌唱とノラの歌う「Home Before Dark」を頭の中でダブらせて再生してみてほしい。
=作品仕様=
+ 3 面折り込みジャケット
+ 歌詞掲載
TRACKS:
Side A - ホーム・ビフォア・ダーク
Side B - ホーム・ビフォア・ダーク(Recomposed by TORSO)

奇才Michael Masleyが、1985年に自主制作で発表した異色作『Cymbalom Solos』。東欧の伝統的打弦楽器ツィンバロムを、自作の指装着型ハンマーと弓デバイスを用いて、叩く・弾く・擦るを同時に行う独自の奏法で操り、オーバーダブなしのソロ演奏とは思えない多層的な音世界を構築。音階やフレーズには東欧の民族音楽の影響がありつつ、反復構造はミニマル・ミュージック的。倍音がきらめき、ケルト音楽の旋律感や、ニューエイジ、コズミッシェ的な浮遊感までが自然に溶け合う。ストリート・パフォーマーとしての素朴さと、音響探求者としての超越性が同時に息づく、路上で生まれた音がそのまま宇宙へ飛び立つような独特のスケール感に満ちた人力瞑想音楽。
