日本を代表する即興集団Marginal Consortに在籍する越川知尚による新プロジェクト、FuzzyToyShip。長年にわたり即興を活動の中心に据えてきた越川の表現の根源には、1960〜70年代に自由な即興の形を提示したタージ・マハル旅行団と小杉武久の存在がある。
そして1970年代、小杉が教鞭をとっていた講義に参加していた同級生たちと越川が結成したのが、伝説的な即興バンドEast Bionic Symphoniaである。このバンドは、現在のMarginal Consortの前身とも言える存在だ。
「Maiden Voyage」は、こうした越川の一連の活動を踏まえながら、自身が即興に感じた初期衝動を再訪し、即興未経験のメンバーとともに自身が考える理想的な即興のあり方を追求した作品である。そこでは、フリーフォームに、自由奔放に生み出されるさまざまな音が有機的に連なりながら、一方向に回収されないような形で、多元的で混沌とした音響空間が描き出されている。前作「Nebula」が50年間の越川の持続音と作曲の実験を示したものとすれば、今作は即興というもう一つの越川の音楽世界を紹介する作品となっている。
私が最初に小杉武久の音楽を聴いたのは1972年11月の高橋悠治のコンサートの中で演奏された「ピアノウェイヴミックス」であったと記憶している。そのサウンドは秘教的であると同時になにか懐かしい風景を見ているようなものであった。その演奏には集団即興グループ、タージマハール旅行団のメンバーが参加していた。ピアノ以外の音(声)は楽譜では具体的なピッチ等は指示されておらず、即興的に発せられたように聴こえた。その後1974年に新宿の画廊マトグロッソで行われていたタージマハール旅行団のライブに通うようになった。そこでの演奏は私が「即興演奏」という言葉に描いていた理想形を具現化しているように思われた。そして1975年に小杉の美学校、音楽教場が開催されたのでそれに参加した。翌年、生徒たちの卒業制作ということでLP(ビニールレコード)を作成した。グループ名はイースト・バイオニック・シンフフォニア(EBS)。EBSは運営面で問題があり、メンバーの間で目指す方向性にズレがあり、方向性が定まらないまま、散発的なライブを経て自然消滅したと記憶している。私はその時は傍観者的なスタンスで、常勤の職に就いたこともあり、活動継続に積極的でなかった。しかし集団即興演奏については常に頭の中にありながらも具体化する手段はなかった。その後1997年に音楽教場で一緒だった今井和雄氏が即興グループを立上げ、「マージナルコンソート」として発足した。私も参加し、現在も活動している。それとは別に2022年から即興演奏を行い、後半聴衆に演奏に加わってもらうワークショップ形式の活動をするようになった。そして聴衆の中に自由な即興を理解してくれる方が何人か現れ、私の中でグループにできないかという気持ちが出てきた。もしかしたら50年前に積極的に関わらなかったEBSの再現を探すような感覚かもしれない。マージナルコンソートは20数年の活動の中で発音の手段、システムが各自進化しイヴェントごとに様々なセットを組むが総体としてほぼ確立されてきているように感じる。(あくまで私の見方であるが) そこで新グループでは試行錯誤、手探りで音を作っていく体験、さらに全員の音の中でフィードバックさせ、バランスをとっていく中で自分の音を客観的に聴く体験、そんなプロセスの連続を目指したいと思った。音響システムはプリミティブではあるが、基本、各自自分の楽器、マイクを用意し、手元ミキサーでミックスした音をPAに繋ぐ。ただし今回のレコーディングでは三橋はマックノートから無線システムでワイヤレスにPAに繋いでいる。義本はミキサーを持たないので他メンバーのミキサーの空きチャンネルを使用した。伊藤はベースだけはベースアンプ使用しPAには繋いでいない。メンバーは私以外この関わりの前には自由集団即興の経験はない人達である。メンバーの経歴は、泉は、お囃子連に所属し篠笛を担当、ジャズドラム、オーケストラのパーカッションも務める。伊藤はフリージャズ愛好者だが普段はスタンダードのジャズベースでセッションに参加している。三橋はやはりフリージャズ愛好者だが普段はフュージョン系バンドでベースを弾いている。義本は弾語りで童謡、唱歌を歌う会を主催、平行してジャズボーカルを続けている。バイオリンも嗜む。全員、普段自分がやっている音楽以外への拒否感はなく、自然体で録音に参加されていた。このカセットをお聴きになる方もリラックスして「家具の音楽」のようにお聴きいただきたい。 越川